ホームセミナーセミナーレポート人事実践セミナー 2024年12月10日

セミナーレポート

人事実践セミナー

サプライチェーンマネジメントから考える「人的資本」と「ビジネスと人権」との関係性
~外国籍人材の確保・活用をケースに~

みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 田中 文隆 氏
みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 杉田 裕子 氏
国際協力機構(JICA) 宍戸 健一 氏
日本電気株式会社 秋山 平 氏

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人権は1948年の世界人権宣言をはじめ、長きにわたり国際規範の中で明記され、既に世界共通の規範になっています。一方、「ビジネスと人権」という言葉の中で捉えられている人権は、これまで浸透してきた考え方とは視点や意味する範囲が変わってきています。また、多くの企業が導入している「人的資本」と「人権」は、企業内では別テーマとして位置づけられているのではないでしょうか。
そこで今回は、「人的資本」と「人権」を統合的に捉え、実践と開示を推進するとはどのようなことなのか、双方の関係性について着意を持ち、多くの関連団体・企業と一緒に活動を推進されるみずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社の田中 文隆様、杉山 裕子様、国際協力機構(JICA)で長く人権問題に取り組まれていらっしゃる宍戸 健一様、企業のお立場から人権デュー・ディリジェンス等を牽引される日本電気株式会社 秋山 平様にご登壇をいただき、本テーマについて考えを深めました。
以下はセミナーの要旨です。

【PART1】 イントロダクション
「サプライチェーンマネジメントから考える「人的資本経営」と「ビジネスと人権」の関係性」

みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 田中 文隆 氏

企業の非財務情報開示に係るステークホルダーの期待・要請が高まる中、我が国でもESGの「E」分野においては気候変動関連のリスク、及び機会に関する開示フレームワークが示され、これに基づき取り組みを進め、情報開示を進める企業が増加しています。他方グローバルの動向をみると、「E」のみならず「S」や「G」に関する説明・情報開示への期待が高まっています。2023年1月にEUが発行した「企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive、以下「CSRD」)は、企業に対してESGの情報開示を義務化。CSRDの具体的な開示項目を定めた欧州サステナビリティ報告基準(European Sustainability Reporting Standards、以下「ESRS」)では、「S」分野における開示のトピック基準として、「自社労働力」「バリューチェーンにおける労働者」「地域社会」「消費者とエンドユーザー」を提示しています。国内の企業動向に目を向けると、人的資本経営については伊藤レポート2.0・内閣府可視化指針・有報開示義務化、人権については「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」発出などを契機として、徐々に取り組みが進展しています。
しかし、人的資本と人権に関する取り組みはそれぞれ別テーマとして位置づけられる傾向があり、対外説明・情報開示も人的資本・人権に分けて行われる状況にあります。実際、大企業の人権デュー・ディリジェンス(DD)の取り組み等は、ライツホルダーの視点から足元自社や取引先企業の人的資本に関するリスク(潜在・顕在)を見直し、エンゲージメントを通じて川上・川下(中小・中堅企業等)の人的資本強化に繋がり得るものでもあり、人的資本経営とビジネスと人権に関する取り組みは、サプライチェーンマネジメントの観点からみれば相互の関係性(相互作用)があるとも言えそうです。
人的資本・人権を統合的に捉え、実践と開示を推進するとは、どのようなことなのか。個社を超え、サプライチェーンマネジメントの観点から、ホットイッシューとなっている外国籍人材の確保・活躍をケースに、各イニシアチブの取り組みも参考に、その一端を考えたいと思います。

【PART2】 話題提供・問題提起
「外国籍人材の活用から考える人的資本と人権対応」

みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 杉田 裕子 氏

日本国内における在留外国人の数は年々増加しており、総人口に占める外国人の割合は、現状の2.9%から2070年までに12.4%まで増加すると予測されます。来日する外国人は年齢層が比較的若いため、労働力に占める外国人の割合は一層加速するかもしれません。現在「技能実習」「特定技能」の外国人労働者は約200万人。その約半数が製造業で働いており、医療・福祉、建設業など人手不足や高齢化が顕著な分野がこれに続きます。国内の少子高齢化が進む中、外国人材は企業にとって経営を支える重要な存在ですが、言語や文化、習慣等の違いから人権侵害が発生しやすい状況にあることは否めません。そこで人権やキャリアアップを重視した新たな就労ビザ「育成就労」による受入が開始されました。
「自社では見かけない」という方も多いかもしれませんが、外国人を雇用する事業所の約6割が99人未満の小規模事業所という現状を考えると、日本のサプライチェーンを支えているのは外国人労働者であるといえます。外国人材は実際に受け入れる企業だけでなく、サプライチェーンで連なる先の企業にとってもサステナブルな成長のための資本の一部、と理解すべきではないでしょうか。

【PART3】 パネルディスカッション
「人的資本・人権を統合的に捉え、実践と開示を推進するには?~各イニシアチブの取り組み・試行を踏まえて~」

[パネリスト]
国際協力機構(JICA) 宍戸 健一 氏
日本電気株式会社 秋山 平 氏
みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 杉田 裕子 氏

[モデレータ]
みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 田中 文隆 氏

責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム(JP-MIRAI)の取り組みについて

国際協力機構(JICA) 宍戸 健一 氏

JP-MIRAIは以下の3本を柱として運営しています。
1)外国人労働者との情報共有・共助
外国人労働者に役立つ情報をポータルサイトやアプリで提供するほか、21言語に対応する無料相談窓口を開設。寄せられる相談は、労働、生活、医療福祉、在留資格、教育など多種多様かつ複合的な課題が多いため、専門家による救済メカニズム(東京弁護士会専門ADR利用)も活用して対応を行っています。
2)「ビジネスと人権」における協働
「責任ある外国人労働者受入れ企業協働プログラム」「中小企業向け研修プログラム」「海外サプライチェーン管理支援」「公正で倫理的なリクルート」など、企業が個社で取り組むことが難しい活動に協働で取り組んでいます。
3)学びあいと内外への発信
調査研究を行い、国内外への情報発信を行います。

規模の小さなサプライヤーからはコストを懸念する声も聞かれますが、公正で倫理的なリクルートや人権DDの取り組みを強化した結果、離職率が大幅に減少し、生産性が向上したという事例もあります。今後もエビデンスをしっかり出し、人権DDに取り組むことが「人を大切にする持続的な経営」に結びつく、というメッセージを発信していきたいと思っています。

サプライチェーンマネジメントから考える「人的資本経営」と「ビジネスと人権」の関係性

日本電気株式会社 秋山 平 氏

NECでは、サプライヤーとの協働・共創を通じてサステナブルなサプライチェーンを実現し、社会価値を創造していくことを目指しています。活動のフレームワークは、調達基本方針を軸に、周知徹底、リスク評価・特定、エンゲージ、情報公開・点検、社内教育・啓発の5つです。OECDのDDガイダンスで定義されたプロセスに沿って、国際NPO・BSRによる人権影響評価結果も参考にしながら、NECのサプライチェーン上で優先度の高い人権リスク領域を特定し、対象取引先に監査を実行。不適合項目がある場合は必要に応じて是正指導を行い、完了までフォローしています。また、監査と合わせてサプライヤーの人権対応に対する共感・理解の底上げに向けた施策にも力を入れています。例えば、双方の人権尊重の取り組み推進に向けた対話「人権キャラバン」を行ったところ、サプライヤーから「有意義だった」という前向きな回答を得ました。有識者を招いた人権教育を行ったり、外部開催セミナーの案内、参加を呼びかけるなど、教育にも注力しています。
電気電子業界横断の取り組みとしては、人権対応の方向性を同じくする企業と連携。JEITAの配下に「サステナブルパートナーシップ構想検討タスクフォース」を新設しました。サステナブル調達パートナーシップ(SPP)の起点となったのは、川下企業(大企業)がサプライチェーンを構成する川上企業(特に中小企業)とエンゲージメントを強化し、業界全体の対応レベル底上げに貢献したい、との思いです。経営者の方々と対話を行い、実務者への教育啓発を進めながら、人権方針を策定してもらうことを最終ゴールとし、トライアルを実施しています。

■田中氏「お二人のご報告をどのように受け止めましたか。」

■杉田氏「企業においては、先が見えない故、つまり限られたリソースの中で、人的資本経営や人権への対応をどう進めたらいいのか、との思いから、最初の一歩が踏み出せない場合は多いと思います。企業単体で取り組みを進めることに難しさもあるため、業界団体などはどのように関与し、支援していくべきなのか。業界全体、あるいは日本社会全体の問題として向き合ってゆくことが必要だと、改めて感じました。」

■田中氏「人的資本経営やビジネスと人権という課題に各社が取り組みを進める中で、サプライチェーン上の企業間の相互理解や共通認識を醸成してゆくことが大切だと思います。いわゆる外圧ではなく自発的に取り組んでゆくには、どのようなアプローチがあるとお考えですか。」

■宍戸氏「現在、地方の人材定着に関する事業形成を進めています。地方中小企業にヒアリングを行ったところ、スキルアップに応じて手当を支給したり、外国籍人材に対して日本人と同じように研修を行っている企業は、人材定着率が高いことが確認できました。人的資源の「のびしろ」という意味では、コストのかからない、工夫次第でできる取り組みがあることを発信していきたいと思っています。」

■田中氏「電気、電子、情報通信業界におけるSPP(サステナブル調達パートナーシップ)の取り組みは、先ず中小企業の経営者との対話からはじめたそうですが、その背景とは?」

■秋山氏「中小企業の方々は直近の売上を優先しがちなので、人権対応や脱炭素などサステナビリティへの取り組みにはなかなか手が回りません。とはいえ、大企業とつながってサプライチェーンを構成する以上、中小企業であっても取り組みを進めることは必要です。まずは大企業の経営層に必要性を理解していただいた上で「会社としてやる」という意思表明をしていただき、その流れを中小企業の方々に落とし込んでいく、といったアプローチが有効だと考えました。」

■田中氏「今まさに進行中だと思いますが、想定通りだった点、あるいは意外だった点などがあればお聞かせください。」

■秋山氏「経営層には好評で、ご満足をいただいています。人権対応が必要なことはわかっているけれど、具体的にどんなことが求められているのかわからない。そうした方々に、求められる取り組みやその重要性をお伝えすることで、納得感を持って受け止めていただけたのだと思います。SPPはまだはじまったばかりですが、「もっと知りたい」という声が聞かれるなど、ご参加の皆さまに対して刺激になっているようです。」

■田中氏「サプライチェーンにおける相互理解を進める上で、理想的な対話とはどんなものでしょう。良い事例があればご紹介ください。」

■杉田氏「大企業にとっては、欧州への開示や人権DD、コンプライアンス対応などが人権対応や人的資本対応のモチベーションなので、それが中小企業との相互理解を阻んでいるのだと思います。必要なのは、大企業側が視点を変え、中小企業との共通言語を見つけてゆくことではないでしょうか。中小企業側も「自社で言うとこういうことだ」と理解して対話を進めることが理想的なのだと思います。」

■田中氏「相互理解のための対話で、工夫している例などあればお聞かせください。」

■秋山氏「書面点検、監査など画一的で上から目線の施策になりがちですが、人権キャラバンではフラットな目線でサプライヤーの悩みを聞いたりアドバイスを行うなど、キャパシティ・ビルディングも兼ねた取り組みを行っています。エンゲージメントやリスク評価の特定・是正なども重要ですが、それだけでは中小企業の理解は得られません。大企業側で目線をチューンしながら進めることが重要だと思います。」

■田中氏「人権キャラバンは構築するのが大変だと思いますが、効率的に進める工夫などはありますか。」

■秋山氏「個社でやるには限界があるので業界全体で進めよう、という流れになっています。方向性を同じくする企業で共通コストを持ち合い、業界全体で取り組みを進めることがSPPの起点です。」

■宍戸氏「日本には「尽くした人を後から処遇する」という組織文化が根強いため、ここから変えていくことが必要だと思います。中小企業には非常に濃い人間関係がベースにある場合も多いので、経営者は「オレが面倒を見ているのだから、ウチは大丈夫」と言いがちです。こうした発想に転換を促すために、外国人労働者と雇用主のエンゲージメントを数値化する研究をされている先生などの協力を得ながら、勉強会を開催していきたいと思っています。」

■田中氏「志を同じくする企業が課題を持ち寄り、コストを持ち寄りながら取り組んでゆくことが、相互理解の土台となっていくのだと思います。一方で、人権DDの要請に応えてゆくには、サプライチェーン上での共通ルールやツールが必要になってくるでしょう。様々な検討を重ねて言語を翻訳し、私たちにとって利益あるものにしていくことが重要ですね。
最後に、課題と可能性についてコメントをお願いします。」

■杉田氏「人権に対応するとどんなメリットがあるのか、マイナスがゼロになるくらいの取り組みではないか、といったスタンスで人権と向かい合っている企業の方は一定数おられます。人権に対応する取り組みを進めることが自社の人的経営につながり、ひいては価値向上につながるというストーリーを言語化してゆくことが、今後の課題だと思います。今回はその入口となる議論ができました。弊社は官公庁の調査などにも対応しているので、行政が担うべき役割もイメージしつつ、また、金融グループに所属する一員としても人権と人的資本経営について考えていきたいと思っています。」

■秋山氏「人権対応とは、人権方針を作ってDDをやればおしまい、という表層的な話ではありません。現場における実務に即したところまでやることが必要だと考えると、非常に足の長い取り組みだと思っています。人権対応というとリスク低減の話になりがちですが、対応如何によっては、企業価値向上や優秀人材確保など企業にとってプラスになる面もある。SPPを立ち上げたところなので、まずはこれをしっかりと軌道に乗せ、より多くの方を巻き込みながら、高い視座を持って業界全体で進めていきたいと思います。」

■宍戸氏「「安い外国人労働力」と形容されることがありますが、それはイマジネーションの低い言葉です。彼らは現地で日本語を学ぶなど高いハードルを越え、ときには借金までしてようやく日本にたどり着きます。それを安く使うとは、弱いものにさらにコストを負わせることです。企業による緻密な監査や仕組みも必要ですが、重要なのは社会全体がこうした状況を理解することであり、私たちのプラットフォームはその呼びかけを行うためにある。まだまだ力不足ではありますが、皆さんと連携して社会全体を変えていきたいと思っています。」

【PART4】 自主研究プロジェクトについて

みずほリサーチ&テクノロジーズでは、2024年度自主研究として「人権と人的資本の国際的な統合開示調査を通じた「S(ソーシャル)」領域における基盤構築および連携体制構築事業」を実施しています。
本事業における具体的な実施事項は以下の通りです。
1)文献調査(開示基準に係る国際的な議論の動向調査)
2)文献調査(先進企業事例調査)
3)ヒアリング調査(開示基準策定団体、機関投資家、国内企業等を対象とした調査)
最終的には、上記事業等で収集した情報・知見を共有する場として「人的資本勉強会」等、会員制コミュニティの設立を目指しています(2025年度設立目途)。定期レポートの発行や勉強会、ワークショップ等を通じたみずほリサーチ&テクノロジーズからの情報提供、会員同士の情報共有等を行うことで、日本企業における人権・人的資本経営の実践・可視化・開示の取り組みに活かしていただくことを目的としておりますので、広くご参加いただければ幸いです。

◎セミナーを終えて

  • セミナーの内容は参考になりましたか
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    業界団体として「人権キャラバン」の仕組みをどのように各企業の中で運用しているのか興味が湧きました。 人的資本経営と人権は別個独立するものと考えていましたが、両社は表裏一体にあるものと認識できました。 参考になる点が多くありました。CSRDの今後の動向について取り上げていただければと思います。会員制コミュニティには是非参加したいと思います。 外国人労働者とのエンゲージメントについて実施検討していきたいと思っていたため大変参考になった。 中小企業との連携等について、興味深い内容だった。 大変勉強になりました。ありがとうございました。
  • 登壇者の感想は・・・

    みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 田中 文隆 氏

    みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 田中 文隆 氏

    「登壇者の方のご示唆に富む報告や議論を交えて、気づきや理解を深める機会と出来ました。本テーマの議論は端を発したばかりですが、経営課題の解決に連動させた人的資本・人権の取組の意味付け、共通の課題解決に必要なコスト負担のあり方、そして取組の社会的インパクト評価等私たちとしても探求していく課題の気づきがありました。」
    みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 杉田 裕子 氏

    みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 杉田 裕子 氏

    「本セミナーでは、企業、業界団体、民間プラットフォームの3つの立場における「Social」分野のお取組を伺い、「ビジネスと人権」「人的資本経営」の結び付きを考える機会をいただきました。個社が独力で理解を深め、向き合っていくにはまだまだ情報不足で、整理も不十分な状況と理解しています。両テーマの探索に向き合う一人として、今後も議論や検討、発信を継続していきたいと思います。」
    国際協力機構(JICA) 宍戸 健一 氏

    国際協力機構(JICA) 宍戸 健一 氏

    「本日は、大変貴重な機会を頂き、ありがとうございました。私は大変勉強になりました。人的資本経営と人権の関係、キャリア支援などの関係等、新たな気付きもありました。」
    日本電気株式会社 秋山 平 氏

    日本電気株式会社 秋山 平 氏

    「今回、貴重な機会を与えていただき、有難うございました。私自身も大変勉強になりました。弊社事例含めて、少しでも今後の活動に向けた気づき・ヒントになれば幸いです。業界横断活動は始まったばかりですが、皆様の理解・共感を得ながら前に進めていきたいと思います。」