人的資本経営のカギとなる女性活躍推進の本質
~十人十色を活かす企業へ 大東建託のダイバーシティ経営~
スリール株式会社 堀江 敦子 氏
大東建託株式会社 湯目 由佳理 氏
今回のダイバーシティ研究会では、女性活躍から始めるサスティナブル経営の実現に向け多方面で伴走支援を続けてきたスリール(株)代表の堀江氏と、自社の課題を起点としたトップダウン・ボトムアップ両輪によるアプローチでDE&Iを推進される大東建託(株)の湯目氏をお迎えし、人的資本経営につなげる女性活躍推進・DE&I推進の本質を学びました。
以下は研究会の要旨です。
【PART1】 女性活躍から始める人的資本経営 ~大東建託の組織づくりに学ぶ~
スリール株式会社 堀江 敦子 氏
ダイバーシティを推進する上で、「担当組織は出来たが、進め方が分からない」「育児期社員の活躍支援、管理職が部下の個別マネジメントに困っている」「女性管理職が増えない””全社に広げていく方法が分からない」といった課題を多く耳にします。本日は、理論的な内容と共に事例を見ていただきながら、これらの課題を紐解いていきたいと思います。
VUCAの時代、社会の変化に伴い、会社にいる人財を経営的に必要な資本と捉え投資する人的資本経営やダイバーシティを重要視する動きが世界的に拡大し、その第一歩として「女性活躍」を推進する流れが加速しています。経産省による「ダイバーシティ行動2.0」によると、多様な人財の活躍を企業の成長に繋げるためには、「経営」「現場・人事」「外部コミュニケーション」が必要であると言われています。これらを踏まえ、女性活躍を起点にした組織開発には、以下の3つの視点と7つのポイントで進めていくことが重要であると考えています。
視点1:経営陣の取り組み
・企業のビジョン・目標の明確化
・能力を発揮・評価できる仕組みづくり
・現場と経営を繋げる推進体制の構築
第一に、人財戦略の中にDEIがしっかりと位置づいているかが重要なポイントです。他との兼務の部署やプロジェクト的な女性活躍推進の組織ではなく、CEO直下で人財戦略について話し合える体制や人財委員会が事業部とも連携出来るような体制を作る等、まずは現場と経営を繋げる推進体制の構築が非常に大切です。また、経営戦略に紐づいた人材戦略とその戦略に沿ったロードマップの作成が重要となります。
視点2:現場(人事)の取り組み
・管理職パイプラインを意識し、段階ごとに着実に継続して行う
・マネージャー層のアンコンシャスバイアスの払拭
・働きやすい環境の整備
女性管理職パイプラインに関しては、管理職育成・登用の時期・評価・働き方等の制度面と、上司や本人の意識改革の両方が影響し、途切れやすいと言われています。まずは自社がどのような状況かを分析し、継続的な支援を行う必要があります。女性活躍には以下の5つのステップがあり、自社がどのステップにいるかを把握した上で、施策を決定していくことが大切です。
ステップ0:採用拡大期…女性社員自体が少ない
ステップ1:意識醸成期…女性社員を採用するも、早期に退職する状況
ステップ2:両立実践期…育児中社員の就業継続が困難な状況
ステップ3:活躍へのシフト期…育児中社員の就業継続は可能だが、活躍出来ない状況
ステップ4:キャリアアップ期…女性活躍はある一定進んでいる一方、管理職像が画一的な状況
ステップ5:エグゼクティブ育成期…課長職は増えてきたが、更なるキャリアアップに課題がある状況
ステップ4・5に特化し、女性管理職比率向上のための4つのポイントを紹介します。
・女性管理職に対してのKPIを設定・何故自社が行うのか
・女性管理職の現状を定量と定性で調査
・管理職候補の女性向けの「リーダーシッププログラム」を行う
・管理職への「マネジメント研修」を行う
リーダーシッププログラムでは、女性社員と関わる管理職や経営層も巻き込みながら、自身の強みや多様なリーダーシップ像を理解し、リーダーシップを発揮・繋がることの出来る環境を作ります。また、チームでチャレンジ経験をしながら、タテ(上司)・ヨコ(同期)・ナナメ(メンター)のネットワークを構築することも重要です。マネジメントに必要な能力は、経験から学習するものであり、この経験を得ていくための人脈・情報・チャンスが必要になります。一方で、この段階でジェンダーギャップが存在している可能性もあるため、経験に関するギャップがないかを確認し、ギャップの是正を行うことで、多様な人財が育成されることに繋がっていくと考えます。
視点3:社内外コミュニケーション
・社内外コミュニケーションを強め、社員に浸透させる/外部環境の変化を捉え、対話を行う
人事施策は、トップが発信し、管理職が実行し、社員に知覚され、行動することで広がり、成果に繋がります。社内外広報においては、CEOが”DE&Iは経営戦略である”と明確に発信し、様々な場に出向き社員に直接伝えていくことや、本質的な施策を行い、関わる人を増やすこと、また成果を社外やメディアに発信することが重要です。当社では、役員・管理職が育児体験を行い、働き方・ダイバーシティマネジメントをリアルに体感する「育ボスブートキャンプ」のプログラムを提供しています。このようなインパクトのあるプログラムの実施も必要なのではないでしょうか。
変革のためには、地道な活動が必要です。動き出し、定着するまでには3-5年はかかるため、一歩一歩着実に、長期的に実施していきましょう。
【PART2】 大東建託が推進する”クオータ制”とコミュニケーションの重要性
~「みんなの個性を、会社の力に」をテーマに多様性が強みとなる組織へ~
大東建託株式会社 湯目 由佳理 氏
大東建託グループでは、建物建築・入居者募集・建物管理までワンストップで行っています。当社のダイバーシティ推進においては、「みんなの個性を会社の力に」をスローガンに掲げ、多様性が強みとなる組織づくりを目指すと共に、個人の成長を会社の成長と捉え、働きやすさや働きがいを追求する取り組みを行っています。ダイバーシティを推進するためには、コミュニケーションが非常に重要であると考えており、「個性を活かす」「つながる」「対話・考動」「Well Being」の4つを軸に、これらが可能となる風土づくりのために様々な施策を実施しています。ガバナンス体制としては、2022年に部門として独立し、業務本部の中の専属部署として「ダイバーシティ推進部」を設置しています。これまで、両立支援制度の拡充や環境整備から着手し、女性活躍の推進、経営戦略としてのダイバーシティ推進に取り組んで来ました。そして現在は、”エクイティ”の考え方を取り入れ、D&IからDE&Iへの新たな挑戦のフェーズとして、より丁寧に細やかな取り組みを実施しています。投資・労働市場に向けた対外的コミュニケーションに挑戦し、「なでしこ銘柄」「Nextなでしこ 共働き・共育て支援企業」選定、「D&I Award大賞」受賞等、様々な外部評価もいただいています。
当社の具体的な施策を3つ紹介させていただきます。
①女性育成プログラム
当社の多くの女性社員が、女性特有の謙遜感情や成功不安等から「自信がない」という理由で管理職になりたがらないことが明らかとなり、これまでの育成・登用方法では、優秀な女性を見逃してしまう可能性に気付きました。このような背景から、登用する側の意識を変え、資質のある女性を見つけ、計画的に育成し引き上げる体制へ変更し、本プログラムを開始しました。主に以下5つの取り組みを行っています。
1)クオータ制
クオータ制は、各職種・部署の女性管理職・上級管理職数を定め、3年間計画的に育成していく制度です。無謀な人数設定はしておらず、ポスト数や候補者数を考慮して設定しています。また、想定される質問や反発に対しては事前に回答を示す等、しっかりと納得がいく丁寧な説明を心掛けました。候補者選定の際の個別育成計画を通し、女性に目を向けたことで、より自社の現状の解像度が上がった施策であったと感じています。
2)女性活躍推進委員会
各職種の執行責任者をメンバーとし、職種を横断し全体でクオータ制の推進を図ることを目的に設置した組織です。定期的に職種毎のクオータ制の進捗状況や課題の共有、意見交換を行っています。初回のキックオフミーティングの際に、女性活躍とは何か、何故当社が進めていくのか等の説明を通し認識を揃えたことで、改めての重要性や必要性を認識していただけたと思います。また、現状の気付きを通し、管理職を増やす施策だけではなく、若手層の育成等の活性化に繋がったという成果もありました。
3)女性教育プログラム
女性に特化した階層別の研修で、女性の特性を考慮し、管理職像を再定義することで、不安の払拭やハードルの解消に繋げています。
4)上司向け研修
動画研修を作成し、全管理職に実施しています。女性管理職の意義や男女の特性の違いを盛り込むことで、育成する側の意識改革と育成方法の取得を目的としています。
5)昇進後フォローアップ
昇進後、半年を目途にご本人とダイバーシティ推進部でのレビューの時間を設けています。
これらの取り組みの結果、プログラム始動時と比較し、女性管理職比率が1.6%増加しました。本プログラムは、管理職を強要しているものではなく、あくまで女性たちが当たり前にキャリアの選択肢の1つとして管理職昇進を考えることが出来ることを目指しています。
②社内評価指標(健全経営ランキング)
「人材育成」「組織の活性化」「業績」「生産性」の4領域のバランスでの評価指標であり、これまでの営業実績(結果)だけの評価ではなく、プロセスや就労環境を評価し、健全な支店運営を図る人事評価制度です。また、リスクマネジメント・ダイバーシティマネジメント等を意識した「支店健全経営度」を支店長の評価指標にも加えています。これらにより、会社全体での取り組みが活性化し、支店長の経営視点の意識向上と人的資本経営の推進が図れていると考えています。
③ワークショップ PAERSO-RES(パソリス)
PAERSO-RESは、従業員同士で考え・会社を変えるボトムアップ活動です。本社の社員だけではなく、一人でも多くの現場の賛同者が必要であると同時に、より各職場にあったリアルな課題解決のためには当事者の方に参加してもらうことが重要であるという考えから、PAERSO-RESを導入しました。闊達な組織風土醸成を目的に、「会社を変えよう・良くしよう」と本気で考えるメンバーが集まり、定期的にワークショップを開催しています。
これら3つの取り組みは、いずれも経営層から全従業員を巻き込んだ仕掛けを意識し、導入したものです。何かを変革する、風土を醸成するためには、多くの方の理解や協力が必要であるため、今後も様々な方との対話・コミュニケーションを大切にしながら、ダイバーシティを推進していきたいと考えています。みんなの個性を、会社の力に。十人十色を活かしながら多様性が強みとなる企業になれるよう、これからも精進して参ります。
【PART3】 対談「多様性を活かす組織へ DE&I・女性活躍推進のポイント」
スリール株式会社 堀江 敦子 氏
大東建託株式会社 湯目 由佳理 氏
1、経営戦略としてCEOからの発信や社内浸透のためのポイント
■湯目氏「経営計画説明会や社内報、外部取材等において、人事系施策ではなく、自社の経営戦略として取り組んでいることを社長から発信してもらっています。また、何か制度を導入する際や発信する際にも、必ず会社メッセージとしてお伝えすることを意識しています。」
■堀江氏「トップからの発信は非常に重要ですが、御社の場合、CEOが元々トップダウンで進めていく意識がおありになったのか、徐々に意識に変化があったのか教えてください。」
■湯目氏「10年程前に当社がダイバーシティ推進を始めたばかりの頃は、社長からの発信ではなく、ボトムアップで社員の困りごとを経営層に一生懸命訴えていきました。」
■堀江氏「ボトムアップでの活動や提言に関して、効果的だったアプローチはありますか。」
■湯目氏「経営層に対しては、経営戦略との紐づけや客観的な数字を提示し、成果を上げるための必要性をお伝えするようにしています。一方、社員に対しては、”皆がイキイキと働いてもらうために制度を導入するので、是非活躍してください“というように、相手によってメッセージを変えることを意識しています。」
2、建設業界で女性活躍を進める難しさと工夫点について
■湯目氏「当社では、工事職の学卒女性の採用を始めたのが10年程前のため、1-2年前までは、子育てをしながら両立している女性社員のロールモデルがいなかったのが現状です。若手女性が、先が見えず退職していく現状もあったため、妊娠・出産を経ても就業継続をしてもらうために、先に制度を策定し、将来を考えられるように工夫しました。」
■堀江氏「先に選択肢を見せ、継続して働くことが出来ると思ってもらうことは重要ですね。女性の育成計画に関して、もう少し詳細を教えてください。」
■湯目氏「育成計画書は執行責任者が指示を出し、基本的には直属の上司が女性担当者にヒアリングを実施しています。管理職に対しての意識、能力、家庭環境等のヒアリングした内容を基に、統括に提出し、最終的に執行責任者が判断していきます。」
■堀江氏「管理職になるための要件は定められていますか。」
■湯目氏「職種にもよりますが、要件は定めています。男女問わず、人事部のスキルアップ研修は受講してもらっています。女性社員には必要に応じて、マインドの部分で、ダイバーシティ推進部で実施している研修を受けてもらっています。」
■堀江氏「要件自体が定まっていないと育成計画自体が策定しづらい部分もあると思うので、まずは要件からしっかり設定した上で、更にスキル面・マインド面双方で、よりキャリアアップしてもらう工夫をしていくことは重要ですね。」
3、女性育成プログラムを通して管理職なられた方々の反応や、女性の働く環境について
■湯目氏「女性育成プログラムの中で、実際に課長職の女性との交流を通し、マネジメントの方法や働き方について知る機会を得ることで思い込みや不安の解消に繋がっているようです。女性は気持ちの部分が大きいと思うので、このプログラムが”チャレンジしてみよう”と少しでも思ってもらえる助けになればと考えています。」
■堀江氏「”分からない”という状態が不安の原因でもあるので、そのような経験があるだけでも一歩踏み出してもらえるきっかけになりますね。ある調査では、5割以上の人が管理職になりたくなかったものの、登用後には8割以上の人が管理職になって良かったと思っているというデータもあります。女性は、自身が昇格したことよりも、昇格したことにより、部下が育った・組織が良くなったということに喜びを感じる方が多いと思います。」
■湯目氏「女性の働く環境の観点では、女性たちの意見をしっかり聞き、反映するようにしています。女性や育児中の社員だけの座談会を開き、悩み事などの意見を吸い上げることもしています。」
■堀江氏「現場の声を吸い上げ、その上で経営に伝えるためには、経営直下でダイバーシティ推進部を設置されている推進体制も重要ですよね。」
■湯目氏「そうですね。各々の統括を巻き込んだ上で、ダイバーシティ推進部から経営層に上げています。何年か前までは、会社全体で推進していましたが、去年辺りからエクイティの考え方を取り入れ、各職種の異なる課題感に着目し、より細かい視点でダイバーシティを推進しています。」
4、DEI推進を「女性活躍」から始めたことのメリットや効果
■湯目氏「女性は最大のマイノリティと言われているので、分かりやすいというのがまずあると思います。当社で不妊治療の休暇休業制度を導入した際には、当社の50代の男性社員から、直接自身には関係ない制度ではあるが、会社として取り組むことで、より社員が働きやすくなるのではないかと希望が持てたという声が上がりました。会社として”皆に活躍して欲しい”というメッセージを入れて制度を導入していくことで、直接関係ない社員にも影響があると感じたエピソードです。」
■堀江氏「社員全員を大切にしていくというメッセージ発信が非常に大切ですね。」
5、参加者へのメッセージ
■湯目氏「私たちもまだまだ試行錯誤をしながら推進していますが、やはり経営層から従業員全員を巻き込み、仲間を増やして推進していくことが得策であると考えています。また、ダイバーシティに関しては、片手間で出来る仕事ではないため、スモールスタートでも専門部署を作っていただくことも重要です。粘り強く諦めずに実行していきましょう。」
◎研究会を終えて
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研究会の内容は参考になりましたか
(参加者アンケート結果から) -
参加者の意見・感想は・・・
本日のセミナーを視聴して、女性活躍推進は長期的視点をもって経営層が本気になって取り組んでやっと成果を出せるものだと感じた。いくら人事が働きかけても経営層や現場リーダーの意識が変わらないと進まないため、女性活躍推進がなぜ必要なのかを腹落ちしてもらえるようにしていきたい。 男性社会を思われる建設業界で積極的に取り組まれているのは素晴らしいと思った。 男性が多い職場における女性活躍推進の具体的な取り組みは非常に参考になった。特に、出産後に就業が継続できないという懸念に対しては、事前に選択肢のあるキャリアパスを整備することや、女性管理職の登用についても、ポジションや女性社員の人数に見合った無理のないKPIを設定することが重要だと感じた。 大東建託様の先進的な取り組みに感銘を受けた。 先輩女性管理職との対談を通じて、アドバイスやマインドセットをして不安を払拭しているのはとても良いと思った。 「なぜ自社で取り組むのか」の浸透が重要だと上司から言われてきましたが、改めてその重要性を認識できた。 非常に細やかな施策を10年かけてやっていく、ことがポイントかなと理解した。一番大きいと感じたのは、男女平等の意識が浸透することで、最近の世代をみているとかなりハードルが低くなってきているように思える。男性も女性も家庭(その他プライベート)と職場の両立がどれだけできるような会社組織になることが重要だとの気づきを頂いた。 やはり根気強く地道に取り組んでいくしかないことが良く分かった。トップはもとより他部署・従業員の巻き込みやひとつひとつの課題への向き合い方、相手によってメッセージの内容を変えられている点など参考になる点が多かった。 まずは会社がD&Iを進める意義・目的を明確にし、KPIを定めたうえで、会社としての方向性や考えを経営層に対しても女性従業員のマインド向上についても、双方とコミュニケ―ションをしっかりと取ることが重要であると改めて感じた。 クオータ制を導入されている大東建託様の取組みの背景についてお話を伺うことができ、非常に有意義だった。 -
登壇者の感想は・・・
スリール株式会社 堀江 敦子 氏
「人的資本経営は、自社の課題に本気で向き合い推進していくことで企業成長にとって大きな意味を持ちます。一方で、数字だけを追っている状態では変革は叶いません。最大のマイノリティである女性活躍から進めることは、人的資本経営に必要な包括的で柔軟な組織づくりの近道です。ぜひ、少し先の未来を見据えて取り組んでください。」大東建託株式会社 湯目 由佳理 氏
「ご視聴ありがとうございました。ご質問もたくさんいただき、内容からも皆様もご苦労されながらも頑張っておられることが伝わってきました。地道にやり続けること、仲間を増やしていくことで、少しずつ変わっていくと思いますので、今後も皆様と一緒に、社会課題解決の一助になるよう活動していけたらと思います。」