ホームセミナーセミナーレポート人事実践セミナ 2024年2月20日

セミナーレポート

人事実践セミナー

『自律学習×リスキリング』
~企業と社員の同時成長サイクルの実現に向けて~

株式会社三菱総合研究所 主席研究員 奥村 隆一 氏

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今回の人事実践セミナーは「リスキリング」をテーマに、三菱総合研究所の奥村隆一氏をお招きし、日本の企業にリスキリングが求められている歴史的背景や、導入・実施上の課題とその原因、リスキリング施策を推進する際のポイント等について、お話して頂きました。

以下は講演の要旨です。

昨今、リスキリングに関する施策や制度を導入している企業が多い一方、その運用面に課題を抱える企業も多いと聞きます。リスキリングの必要性は理解しているものの、その捉え方の深さや解像度の高さが運用上の課題に大きく関係しているのではないでしょうか。リスキリングとは何か、経営にとってどのような意味を持つのか。一般論ではなく、自社の状況を加味した上で語れるかどうかが、とても重要な出発点です。

1. なぜリスキリングは必要なのか?

何事においても、その時々の流行をまずは真似てみることは決して悪いことではありません。しかしながら形式だけを取り入れてしまうと、一時の流行で終わってしまいます。リスキリングも同様で、本来の意味や、取り組むべき背景にある本質的な理由(意義や目的)まで突き詰めて考えなければ、施策や制度が形骸化する可能性が高まり、企業の実態に合ったリスキリングにはなりにくいと考えます。また、どの企業にも当てはまるような万能な施策・制度は存在せず、他社で有効なリスキリング施策が必ずしも自社にも有効であるという保証はありません。加えて、リスキリング単体での施策の有効性発揮は困難であるため、複数の施策を組み合わせること、すなわち人材育成体系の設計思想が極めて重要です。

世界的なリスキリングブームのひとつのきっかけは、ダボス会議の「リスキリング革命」です。2022年には、ChatGPTにより生成AIが急速に普及し、定型業務だけでなく非定型業務にまでAIが関与することに伴い、労働者は仕事内容の変化に適応する必要が生じています。かつて国際競争力ランキング首位であった日本が、その順位を大幅に転落させた背景には、環境変化に対応した人的資本向上やイノベーションを果たせなかったこと、また現場でのOJTによってスキルUPする方式を踏襲してきたことにより、主体的に学ぼうとするインセンティブが働かない仕組みが温存されてきたこと等が考えられます。

企業価値を高めるために必要なイノベーション。社内の「知」を先輩が後輩に伝承していく”持続的イノベーション”から、社内にはない新たな「知」を獲得していく”破壊的イノベーション”に、企業活動におけるゲームのルールが変化してきたのにもかかわらず、育成方法は旧来のままの企業が多いのではないでしょうか。日本企業は「人づくりの仕組み」を再設計すべき、歴史的な転換点を迎えています。

2. なぜリスキリングはうまくいかないのか?

そもそも「うまくいかない」とは、策定した制度や施策が有効に機能していないということです。自社の経営課題から導かれる人材課題の分析が不十分なまま、施策や制度を設計・導入してしまうと、課題にフィットした解決策に繋がらない恐れが生じます。また、リスキリングの言葉の解釈が不明確なことも「うまくいかない」ひとつの理由として考えられます。リスキリングは人的資本経営と密接に関係しており、経営戦略と人材戦略の連動はもちろん、企業が従業員に対して獲得・伸長すべきスキルが何かを特定し、人材育成計画に落とし込むことが非常に重要です。学び直し・リカレント・生涯学習とリスキリングの違いのひとつは、リスキリングには経営の意思が入っていること、即ち企業主導の側面があることです。経営戦略に紐づけられた企業主導の取り組みであるものの、一方で従業員が「やらされ感」を感じている状態では、リスキリングの継続・定着は難しく、「リスキリングの痛み」(=自己否定の受容)を乗り越えること、自己変革の意思や熱意が必要となります。日本のビジネスパーソンが学ばない根本的な理由は、外発的動機づけ(昇進・昇格・収入増加・希望ポストや部署への異動など)ではなく、内発的動機づけ(有能感・知的好奇心・成長実感など)に頼ってきたために「動機が弱い」ことが考えられます。また、「大人の学び(※アンドラゴジー原理)」の特性を十分に踏まえず、「子どもの教育(※ペタゴジー原理)」の発想により、社員研修を含む人材育成体系を整備しがちであり、個人のキャリア実現の学びと企業の成長につながる学びがうまく連動しません。従業員が意欲を持って臨めないことにより、行動が継続せず、学習内容も定着せず、結果として、パフォーマンスや企業価値の向上に結び付きにくいのです。

※学習の段階における「子どもの学習」と「大人の学び」の違いとは・・・・・・
・子どもの学習(ペタゴジー原理)の特徴: 他者から教わり習得していく受動的な学び
・大人の学び(アンドラゴジー原理)の特徴: 主体的で能動的な学び

3. どうすればよいか?

大前提として「リスキリング」は従業員に自己変革を強いる取り組みです。企業主導の側面と個人の視点を連動させること、またリスキリング施策・制度の設計及び運用への成人学習理論(アンドラゴジー:自らが自発的に、学習目標を明確化し、適切な学習計画を実行し、学習の成果を評価する中で、イニシアチブを取っていくプロセス)の適用が重要です。職のミスマッチの解消を図るための概念モデルであるFLAPサイクル(三菱総合研究所が提唱するノンルーティン型タスクへと人材をシフトする社会モデルのこと。「知る(Find)」、「学ぶ(Learn)」、「行動する(Act)」、「活躍する(Perform)」)のうち、個人と企業のF、L、Aに関する施策を人材育成体系の中で関係づけることでリスキリングの実効性は高まります。また、ロングスパンのリスキリングで学びを体系化させる一方で、ショートスパンのリスキリングで学びを習慣化させることも有効です。このように頻度の異なる2つの学習手法を組み合わせることで、学習行動の継続性と学習内容の定着効果が期待出来るでしょう。

制度設計と運用には、以下の5つのポイントがあります。

①経営層からの熱のこもったメッセージ発信
経営層やCHROから、リスキリングの必要性や意義、経営戦略に紐づく人材戦略のメッセージを発信することに加え、人事部やラインマネジャーとの共通認識・理解を進めることが、円滑な運用のためには重要です。

②リスキリング成果の活用を意図した学習プラン作成
リスキリングにより獲得したスキルの具体的な活用内容をあらかじめ計画化することで、「何故学ぶのか」の目的意識が明確になり、リスキリングを行いやすくなります。

③安心して自己変革にチャレンジ出来る環境づくり
「新たな挑戦には失敗はつきものである」との認識を組織内で共有するとともに、「挑戦」を評価する組織風土(失敗しても受け入れられる心理的安全性)の醸成を図ることも重要です。

④キャリアビジョンと期待役割との丁寧なすり合わせ
上長との面談などを通して、従業員が描くキャリアビジョンと組織視点の期待役割との丁寧なすり合わせを行うことや、本人の意欲や主体性を尊重することが有効です。

⑤制度設計・運用プロセスへの従業員参画
人材育成体系の設計および改善のプロセスに従業員を巻き込むことで、当事者意識が芽生え、結果的に施策・制度を円滑に機能させることが期待出来ます。

4. まとめ

日本の企業は今、「人づくりの仕組み」を再設計すべき歴史的な転換点を迎えています。リスキリングのシステムは、機能不全となる課題を本質的に内包しているため、成人学習理論からの知見を有効活用し、効果的なリスキリング施策・制度の立案と運用を行うことが鍵となります。

◎セミナーを終えて

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    人的資本経営におけるリスキリングのポジションの重要性を確認できた。 リスキリングの定義から人材育成全体につながる体系的な説明は、大変参考になった。 経営の意思の重要さが、よくわかった。 研究者としての立場だけでなく、現場の理解者としてのメッセージもあり、大変好感が持てた。 従業員が自律的なキャリアを描くための土台構築に邁進中。とても苦労しているので、わかりやすい手順や、事例の切り口などのヒントを沢山頂いた。 リスキリングの必要性を論理的に説明してもらえたので、自分の中にあった考えが言語化され腹落ち出来た。リスキリングを浸透させるためには、同様な腹落ちを促さないといけないことに、ハードルの高さを感じている。投影スライドでリスキリングを様々な切り口から分析されていたので、自社の状況と照らし合わせて、もう一度状況把握から始めようと思う。 質疑応答が大変参考になった。越境学習効果、ベーススキルとアプリスキルの関係、また弊社に限らず、ビジネスパーソン全体にWILL視点が弱いと思う。 リスキリングを社員に伝える際、なぜ必要なのかを伝えること、それを腹落ちさせることが非常に難しいと感じていたので、本日のセミナーをぜひ参考にさせて頂きたい。 リスキリングを自分事と捉え、社員が能動的に取り組むためには、経営陣の人材育成への本気度と、会社が社員のキャリアビジョンを共に考え、人事施策や制度設計等をしていくことが必要だと認識した。 リスキリングを考えるにあたり、成人学習理論との関連性を大事にすべきという点は、新たな気付きだった。 リスキリングに関して、普段から感じていることをクリアに説明して頂いたので、大変参考になった。1月から現職に就いているが、前職で経営陣に理解してもらうことに苦労した点も踏まえ、現職では本質に迫ったアプローチで挑もうと思う。できれば研究会にも参画したい。 リスキリングがこれまでの経験や知識を一部否定するように見えてしまうのは、新システムを導入する際の抵抗に似ていると感じた。業務が忙しい中、どのようにしたら社員の眼を同じ方向に向けてもらえるかが、やはり難しい課題だと感じた。 「形だけ」や「やっている感」が何と多いことかと思った。「費用を補助するから、それぞれが必要と思う学習をどうぞ実施してください」だけでは、リスキリングにならないですよね。
  • 登壇者の感想は・・・

    株式会社三菱総合研究所 奥村 隆一 氏

    株式会社三菱総合研究所 奥村 隆一 氏

    「この度は貴重な機会を頂戴し、ありがとうございました。参加された皆様からも、数多くのご質問を頂き、私自身も、いくつか気付きを得ることが出来、リスキリングに対する関心の高さと課題の深さを改めて感じた次第です。今後も調査研究を重ねる中で、成果が出てきましたら、また皆様とお会いしたいと思います」