『個に寄り添う人事のあり方』
~カウンセリングやコーチングの上手な活用方法~
株式会社キャリアンサンブル 代表取締役 一般社団法人あしたの働き方研究所 理事 垂水 菊美 氏
ビジネスコーチ株式会社 コーチ T’sメンタルヘルスオフィス 代表 久保田 智之 氏
株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 「人」ソリューション部 部長(兼)プロダクトオーナー 酒井 真依子 氏
株式会社パソナグループ HR本部 ワークライフファシリテーターグループ長 齋藤 満梨奈
昨今、働く人の価値観や志向の多様化と、人的資本経営への関心の高まりも相まって、より多くの多様な人材に活躍してもらうため、企業として社員一人ひとりの能力を最大発揮できるような取り組みが必要になってきました。
今回のセミナーは『個に寄り添う人事』をキーワードに、利用者である従業員個人の視点に立ったカウンセリングやコーチングの上手な活用方法を、専門領域と立場の異なる3名の経験豊富なカウンセラー/コンサルタント/コーチから、多面的にお話しいただくとともに、企業人事はこうした機能をどのように自社に取り込めば良いのかについてのアドバイスもいただきました。
以下はセミナーの要旨です。
《PART1》 パネリスト3氏から~ 『私のキャリアとカウンセリング・コーチング』
■垂水 菊美 氏
「多様な人がともに成長する社会(D&I)」と「キャリア自律(キャリアオーナーシップ)」をテーマに、(株)キャリアンサンブルと一般社団法人あしたの働き方研究所の2つの組織運営を通し、①年間100回程の講師業務、②大学生をはじめ、企業の若手社員から経営層までを含めた年間400名程のキャリアカウンセリング、③様々な専門家の方々を集めた東京セカンドキャリア塾というプロジェクト運営 を主軸に、現在活動しています。
キャリア自律とは、自らのキャリアについて主体的に考え学び行動することであり、キャリア自律支援・組織課題解決・地域課題解決の3つは、相互に関係し合っていると考えます。
私自身は、様々な転機や葛藤を経て40代の時にキャリアカウンセリングを学び始め、そこで得た「自分らしさ」を受け入れる安堵感と活力をきっかけに、47歳でキャリアカウンセラーとして独立しました。多くの場で実践しながら、専門機関でも学び、個人・組織・専門家の”三方良し”をめざして現在は活動しています。
何らかの答えを求めてカウンセリングに来られる方もいらっしゃると思います。一方で、そもそも自分はどうしたいのか、結局何が問題なのかが分からず悩んでいる方も、きっと多いはずです。
どうしたら解決できるのかを教えるのではなく、抱える葛藤に一緒に耳を傾け、まずはご自身を理解していただくことに努めることが、私自身がキャリアカウンセリングにおいて最も大切にしていることです。
■久保田 智之 氏
ビジネスコーチ(株)の契約コーチ、T’sメンタルヘルスオフィスの代表として、メンタルヘルス関連のカウンセリングや管理職向けのコーチング、また大学の学生相談室や企業内カウンセリング・研修講師など、様々な活動をしています。相談者は延べ1万人以上、研修講師としては階層別研修も含めた幅広いテーマで、年間100回程度登壇しています。
私自身は、大学在学中に国際協力NGO活動(スリランカ津波・インドネシア震災支援)での支援やマネジメントのために現地へ赴任し、帰国後には臨床心理士の資格を取得しました。難民支援プロジェクトに参加し、マネジメントやプロジェクト運営を行なった経験等もあるため、現場の方の気持ちを理解できることも自身の強みだと考えています。
私が人事担当者の皆様へお伝えしたいメッセージは、以下の2点です。
1.職場に一人でも相談できる人がいることが重要
人との繋がりや支え、自分自身を理解・信頼してくれる人がいることが非常に重要です。ソーシャル・サポートで、人は強くなれるのです。
2.相談するメリットを理解している人は、パフォーマンスが高い
偏見等により一歩踏み出せない方も多いと思いますが、人と話すことにより、自身の考えを整理出来、また新たな視点が見えることもあります。
本日はカウンセリングやコーチングを導入することのメリットや、それらをどう効果的に活用するかについてお伝えしたいと思います。
■酒井 真依子 氏
私が所属する(株)アドバンテッジリスクマネジメントでは、メンタルヘルス不調の未然予防も必要だという観点から、ストレスチェックを取り入れたEAP(Employees Assistance Program)と呼ばれる従業員支援プログラムのサービスを日本で最初に提供しました。
当社は「企業に未来基準の元気を!」をコーポレートメッセージに掲げ、「従業員のウェルビーイングの実現を支援し、企業価値向上につなげること」をミッションとしています。
私自身のキャリアを振り返ると、親族のメンタルダウン、大学での「精神医学」の講義、物語のカセットテープを何度も聞いた経験、高校・大学での絵画を通した自己表現の経験等の全てがConnecting the dotsとして、カウンセラーとしての現在の自身のキャリアに繋がっていると感じています。遠回りのようでも過去を振り返ることで、現在や未来に向かう自分自身を強くしていくこともあるのではないでしょうか。
「ウェルビーイングを加速させたい人が気軽に専門家に相談できる日本に」を個人のビジョンとしています。誰かに話すことは、効率良く自己理解するプロセスとして有意義であるため、誰もが専門家に気軽に相談できる世の中にしていきたいと考えています。小さくても会社と個人の方向性に接点があることがエンゲージメントのスタートです。企業を強めるという意味においても、個人に力を入れ、いかに社員がエンゲージしている状態を創っていくかということが非常に重要であると考えています。
《PART2》 トークセッション 『カウンセリングやコーチングを上手く活用するために』
《パネリスト》 垂水 菊美 氏・久保田 智之 氏・酒井 真依子 氏
《モデレーター》 パソナグループ 齋藤 満梨奈
Q1. 『個に寄り添う人事のあり方』が本日のテーマですが、現在の人事や産業現場についてどう感じていらっしゃいますか。
■垂水氏
コロナ禍以降は、(キャリアカウンセリングの場面を通して)コミュニケーションの取りづらさや”誰にも話せない”といった窮屈な空気感を感じています。特に管理職の方々からは、指導とパワーハラスメントの線引きが難しいといった声も耳にします。一方で、相談すること自体を最後の砦のように捉えている方がまだまだ多いことも事実で、相談することの敷居やハードルを下げていくことが必要です。自分自身の話を誰かに聞いてもらえることで、自身を尊重してもらった感覚が生まれるのではないかと思います。少しでも、そのような時間を持てることで、窮屈に抱え込んでしまっているものを解消出来るのではないでしょうか。
Q2. EAP(従業員支援プログラム(Employees Assistance Program))サービスを提供する立場から、産業現場におけるトレンドや傾向を教えてください。
■酒井氏
コロナの前後では、カウンセリングにいらっしゃる方々が選択されるテーマが大きく変化しています。コロナ禍では、これまでよりもメンタル不調や不安に関する相談が多く、一方で在宅勤務により、職場でのストレスや上司・同僚とのコミュニケーションに関する相談が大きく減ったことが特徴です。コロナ後の相談内容は、コロナ前と同じ様な傾向に戻るのではないかと想定しています。また、職場のストレスという文脈で、これまでは「上司との関係性」と捉えていたものが、明確に「ハラスメント」の相談でいらっしゃる方も増え、「ハラスメント」という言葉の広まりと共に、相談者の認知も変わって来ていると感じています。
Q3. 日本でカウンセリングやコーチングを広めるために大切なことをお聞かせください。
■久保田氏
研修や大学での講義を通して、特に若い層からは「これは相談しても良いのか」という声を良く耳にします。日本は海外に比べ同調圧力が強い傾向にあるため、カウンセリングを受けることに対して後ろ指を指されるような感覚もあるのではないでしょうか。研修の中に、匿名で相談出来るような時間を設けると、多数の相談が来ることもあります。そのような観点からも、匿名性や安全性が重要なのかもしれません。また、カウンセリングを受けた方の「行って良かった」という声を、同僚や近しい人から聞ける環境を作ることも、良いきっかけになるのではないかと考えます。
Q4. 経営層や管理職の方々のコーチングの場面で、何か感じられていることがあれば、お聞かせください。
■垂水氏
管理職ほど解決しなければならない課題が多く、事柄に追われていると感じます。そもそも管理職の方々自身が自分の気持ちに向き合えず、部下の気持ちに目を向けられないのではないでしょうか。部下の言動全てに共感する必要はなく、まずは部下の気持ちや考えを受け止め、対話をしていくことが重要だと思います。
■久保田氏
部下から「上司との1on1は時間の無駄なので受けたくない」と言われてしまうといった相談を受けることもあります。360度評価等を上手く用い、組織の課題として改善していくことも一つの手段です。また、何が時間の無駄だと感じているのか、その原因をしっかり分析することも大切だと考えます。
Q5. 自身のキャリアにネガティブになってしまっている定年間近の社員に対しては、どのように対応すれば良いでしょうか。
■垂水氏
「今更研修を受けても」という声を耳にすることもありますが、まずはそう思われる背景やその方の気持ちをひとつひとつ紐解くことで、隠れた問題が見えてくると思います。これまで自分自身と向き合ったことがない方こそ、時間をかけて向き合うことで、キャリアの展望が見えていくはずです。シニアと言っても多様です。もう一歩踏み込み、何故そのように感じられるのか、その背景に何があるのかを受け止めていくこと。また、その企業のビジョンも重要です。トップダウン・ボトムアップの両輪での活動から少しずつ変化していくのではないかと思います。
Q6. 個の支援が組織支援に繋がることについて、何か感じられていることがあれば教えてください。
■酒井氏
組織は、個人の集合体です。個人が変わっていくためには、まさにConnecting the dotsが重要であると感じます。自身の過去を振り返ることから始め、今まで固執していた自身の人生におけるルールを変えることで視野が広がります。個人が変化し、自身のやりたいことが見つかる。自身の仕事に誇りを持つ人が集まることで、ボトムアップで組織も変わっていくと思います。
Q7. これから社会に出ていく若年層に対して、企業の経営者や人事担当者が理解しておいた方が良いことがあれば教えてください。
■久保田氏
今の若手社員の中には、自己肯定感の低い人も多いため、自ら発言するよりも、機会をもらうことや承認してもらえることで、安心して自身を発揮できるようになる方も多いかと思います。
■垂水氏
若年層は、就職活動における企業側の対応もよく見ています。ハラスメントという観点では、昨今政府も「就活ハラスメント」として警鐘を鳴らしています。人事の皆様は、面接官やリクルーターの言動にも気を配り、気に留めていただくと良いかと思います。
Q8. 専門家集団としてチームで個人をサポートすることの大切さについてのお考えを聞かせてください。
■酒井氏
カウンセリングの考え方の中にコンサルテーションがありますが、このコンサルテーションを是非気軽に利用していただきたいと考えています。管理職の方も含め、目の前の方を支援する際には、カウンセラーや専門家の意見を聞くことは非常に重要です。
■久保田氏
支援者を孤独にしない、サポートする側の負担をどう軽減するかという観点も非常に重要です。解決策も大切ですが、いかに感情の部分を汲み取れるかが、より重要であると考えています。そのようなサポートの施策は是非取り入れていただくと良いかと思います。
■垂水氏
相談出来る”場”があること以上に”質”の向上も重要です。ひとりひとりが活力を得て、自己理解に繋がる場になっているのかどうか。場があれば良いということではなく、外部の専門機関やコンサルテーションを、人事の皆様が上手くコーディネートしていくことが大切です。
◎セミナーを終えて
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セミナーの内容は参考になりましたか
(参加者アンケート結果から) -
参加者の意見・感想は・・・
3名のパネリストがそれぞれの分野に精通しており、人事が取り組むカウンセリングの現状と課題についての具体的な意見を伺うことができ、大変勉強になった。 相談や支援のハードルを低くすること、困っている社員だけでなく、困っている社員を抱えている管理職の支援も重要だと認識した。たくさんの気付きがあったので、出来ることから私も実践していきたい。 どんなことでも気軽にカウンセラーに相談できる社内の体制づくりを行っていきたいと思った。 皆様のお話を通じて、当社で抱えている課題は、他社や一般的にも起こっている課題だと認識できた。管理職のサポートも非常に有用かつ重要と感じた。コンサルテーションの仕組みなど、自社でも今後整えていければと思う。 今後のセミナー開発やキャリアカウンセリングに役立つ内容だった。 立場の異なるパネリスト3氏のお話は大変有意義だった。対人支援という観点では通底する要素も多く、様々な技法を組み合わせることで、支援力は上がると感じた。垂水氏のコメントにあった「70%という量に加えて、質の向上が必要」は、まさにその通りだと思う。 弊社内では、希望者はキャリアカウンセラーに相談できる体制を整えている。自分自身もキャリアコンサルタント資格を有しているので、相談を受ける側でもあるが、人事部のメンバーということもあり、あまり腹を割って話せない社員も多くいるのではないかと感じている。また、自分自身も過去から直属の上司にすらあまり弱みを見せてこなかったこともあり、カウンセリングは外部の専門家の方が良いのではないかと考えている。本日のお話にもあったように、人事部の責任者側として人事施策を思考し展開していくのは孤独な立場でもあるため、社員の支援者側である人事部メンバーへの外部カウンセリングという考えは、とても良いアイデアだと思った。 モチベーション、エンゲージメント、認知対処行動、上司の対応、OKRについて、丁寧にわかり良く説明していただき、大変勉強になった。 パネリスト3氏の活動や真摯なコメントは非常に参考になった。また管理職に対する取り組みやテレワーク時代の心得も具体的で分かりやすかった。当社ではコーチングを少しずつ開始しているが、部下が上司と本音で話し合える状況でない部署がある事も確か。コーチングやカウンセリングを導入する前に、心理的安全性との関係性も理解してもらわなければならないと思う。非常に初歩的な内容だが、今後、コーチング等のセミナーを実施される際に言及して頂けると嬉しい。 人それぞれ色々な意見や思うことがあるのは当然で、それを全て肯定するのが良い訳ではなく、まずは否定せずに聞く、そのうえで話をするということが大事だと感じた。休職者対応をする中で「わがままだな」と感じてしまうこともたくさんあるが、まずは聞いてみる、そのうえで理解してあげられることには共感し、間違えていることがあれば一緒に考える、こうした対応をしていこうと思った。 若い社員の対応に戸惑うことがあり、パネリストの方々の経験談をお聞きし、とても勉強になった。休職者が急増する中で、対応に悩むことが多くある。体調は大丈夫としか答えない、何が原因かもわからないが勤務意欲がわかない、再休職を繰り返す、病院には行きたくないなど。 私は現在、企業内のキャリア支援業務を行なっているが、パネリストの皆様の意見には納得できるものが多かった。一方で、気軽に相談してもらう体制や環境というのは、なかなか難しい課題なのだということを改めて感じた。 私自身は人事担当ではないが、委託先にいる現場責任者のサポートをしていく中で、大変参考になる内容だった。専門職ではないため、自分も業務に対応しながら、悩みや不安を聞いている状況だが、みんなの苦しい思いが自分の悩みや不安に積み重り、自分自身のキャパシティを超えてしんどい時がある。一旦、受け止めるようにして、全部を受け入れないようにしているものの、なかなか難しいと実感している。今回、皆様のお話をお聴きして、コミュニケーションについての新しい考えも知ることができ、感謝している。普段セミナーの感想をこんなに書くことはないので、久保田氏の言われたとおりだなと思った。 事前質問にも助言していただき感謝している。「定年までもう2年しかないのに」と思っている社員については、セカンドキャリアを含めた自己のキャリア形成についてポジティブな観点を持ってもらえるよう、さらに工夫してみたい。 現在、学卒採用で面接等に携わっている。若年層支援の中で就職に対するハラスメントが話題に上がっていたが、私の行動が果たしてハラスメントになっていないかを考える良い機会になった。 -
登壇者の感想は・・・
株式会社キャリアンサンブル 垂水 菊美 氏
「キャリアカウンセリングを通して、多くの方のキャリアに触れると、私たちは多様であり、また仕事を通して自分らしく成長していくことを望んでいるのだと実感します。しかしながら、自らがどうありたいのか、どんな問題を抱えているのかは、なかなか自覚できないものです。キャリア自律のきっかけとするために、是非キャリアカウンセリングを活用してください」T’sメンタルヘルスオフィス 久保田 智之 氏
「セミナー中のクイックアンケートで、カウンセリング・コーチングを利用できる環境が整備されている企業が約7割との回答があり、業界に携わる身としてとても嬉しく思いました。日本にカウンセリングやコーチング文化が浸透し、日本企業と働く皆様がより元気になっていくための努力を、これからも続けていきたいと感じました」株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 酒井 真依子 氏
「本日のセミナーで、個人支援の活用の間口を拡げている企業が多く、カウンセラーとして心強い気持ちになりました。カウンセリングやコーチングは柔軟性が高く、力強いソリューションです。本日のセミナーが、企業という視点からの活用イメージが膨らむヒントとなれば幸いです」株式会社パソナグループ 齋藤 満梨奈
「“個に寄り添う人事のあり方”をテーマに、彩り豊かなご経験や情熱をお持ちのパネリストの皆様とお話することができ、人事担当である私もエンカレッジされました。自分自身の先入観を捨て、創意工夫し、特に専門家の方々とのチームワークを創造し、大切な“個”にこれからも寄り添いたいと思います」