日本の大企業 成長10の法則 ~失われなかった30年の経営~
コーン・フェリー・ジャパン シニア・クライアント・パートナー 綱島 邦夫 氏
このセミナーの案内を見る長期に亙る日本経済の停滞と低迷は「失われた30年」と言われますが、長い歴史と伝統のある大企業の中にも、古いレガシーを壊しながら大きな質的転換を成し遂げ、「失われなかった30年」を生き抜いて来た企業があります。
今回の人事戦略フォーラムは、コーン・フェリー・ジャパンの綱島邦夫氏をお迎えし、こうした企業に共通する特徴から、これからの日本の大企業の成長力を復活させる道を洞察し、会社を作り直すためのメッセージを頂きました。
以下は綱島氏の講演の要旨です。
1. 失われた30年の総括
まずは過去40年間の10年毎の特徴を振り返ってみましょう。
1980年代、特に家電・自動車・半導体等の分野で日本企業は世界を制覇する勢いで成長していた一方、海外では、伝統大企業の崩壊や全米での激しいリストラ等、企業存続が危ぶまれる大変な状況でした。日本は陽の時代、米国は陰の時代だったと言えるでしょう。
しかし1990年代に入り状況は一変し、日本ではバブルが崩壊し株価が下落。結果として国内に閉じこもり、新しく学ぶことを忘れてしまった時代ではなかったでしょうか。対して海外では、厳しい状況を経験してきた80年代とは打って変わり、リエンジニアリングや人的資本経営への覚醒等、学ぶことを忘れた日本とは真逆に、新しい企業経営のあり方を模索しながら、一生懸命に学び続けた時代でした。
2000年代に入ると、この差が実際のビジネス面にも表れてきました。リストラや投資(人的投資・IT投資)の抑制をしていた日本に対し、海外ではインターネット革命等、新しい取り組みを始める企業が成長を遂げていきました。
2010年代では、その差が更に拡がり、日本ではかつて米国企業が衰退した原因でもある「選択と集中(トップダウンの戦略経営)」や「財務主導の短期志向経営」に周回遅れで取り組んでいたのです。
そして2020年代に入った今、日本企業が何に取り組むかによってこれからの道が決まります。
「諦め」か「希望」かの分水嶺、たいへん重要な節目にいるのです。ではこの先、日本企業は、一体何に取り組んでいけば良いのでしょうか。失われた30年でも「失われなかった30年」を経験したいくつかの伝統大企業(70年以上の歴史を持つ会社)を例に挙げ、その成長の法則を探っていきましょう。
2. 失われなかった伝統大企業の経営
トヨタ自動車・ソニー・ダイキン工業・大和ハウス・テルモ・中外製薬・無印良品・伊藤忠等、この期間にも成長・革新を成し遂げた企業に見られる共通の特徴を「成長10の法則」として以下に挙げてみました。
《成長10の法則》
■個を活かす経営(責任の委譲)
①社員全員参加の経営
②中間管理職ではなく中核管理職
③悪いヒエラルキーがない
⇒全ての社員、一人ひとりを尊重し、ミドル・ボトムアップで組織をドライブすること、そして情報伝達ではなく意思決定のためのシャープなヒエラルキーを磨くことが重要です。
■戦略二流・実行一流
④「選択と集中」をしない
⑤精密な中期計画を作らない
⑥実行の仕組みを作り、仕組みを磨く
⇒完璧な戦略を策定したところで実行されなければ、計画を作り、それを達成すること自体がゴールになってしまっては、どちらも意味がありません。本当に重要なのはマネジメントの仕組みづくりです。
■顧客起点の実践
⑦顧客に憑りつき、顧客の回りを徘徊する
⑧組織を横断するプロジェクトが稼働する
⇒顧客視点を謳う企業が多い一方、それを本当の意味で実践している企業は非常に少ないと思います。商品やサービスを提供したら、それて終わりではなく、その後のお客様へ想いを馳せ、商品やサービスの改善・改良を続けていくことが大切です。また第一線の従業員の想いやアイディアを本社スタッフが吸い上げるのではなく、やりたいと思った人達がメンバーを集い、プロジェクトを稼働していくような組織づくりをする企業努力も重要です。
■威圧的でないCEO
⑨CEOが研修講師になる
⑩ハイカラでなく愚直 stay hungry stay foolish
⇒トップダウンの経営スタイルではなく、CEOは第一線の従業員と同じ目線にいることが大切です。そして人や組織に淡泊にならず、愚直に①~⑨を実行していく必要があります。
3. 日本企業が取り組むべき5つの改革
今後「諦め」ではなく「希望」の道を選択するために、日本企業がこれから取り組むべきことに関して、以下5つの提言を行ないます。
①課長力を復活する
・中間管理職から中核管理職へ
・タスクではなくジョブを行う
・報酬を倍増する
ピラミッド型の組織ではなく文鎮型の組織に、つまり「経営層」をフラット化することが大切であり、また企業再生の軸はコアマネジャーの潜在能力を解放させられるかどうかであると考えます。そしてマネジャーには企業の成長に関わるという大きな仕事に値する報酬が必要なのではないでしょうか。
②マネジメントプロセスを創る
・経営者は時間の70%をプロセスの開発に注ぐ
・イノベーションを起こすプロセスに注力する
第一線のマネジャー達のアイディアを、経営としてどのようなプロセスで把握しサポートしていくのかという仕組み作りに最も時間を注ぎましょう。
③顧客に密着する
・顧客第一のスローガンがない会社は少ないが、実践する会社はもっと少ない
・売ることではなく、売った後のフォローに心血を注ぐ
商品やサービスを提供した後の顧客が価値を見出せるかどうか、ここに企業成長の大きな分かれ道があると考えます。
④経営者を作り直す
・直観力
・対話力
・ネットワーク力
・経営者から実業家へ
直観力の前に5つの”カン”〈①観(観察:物事をよく見る) ②看(看護:変化を見る) ③鑑(鑑定:分析する) ④関(関係:物事の関わりを見る) ⑤感(感情:人の想いを知る)〉があり、それらをしっかり行うことで、6つ目の直観力が働くと言われます。愚直な努力を続けることにより、ひらめきは生まれます。ディベートではなく人との対話力が重要で、意味ある対話をするための人との繋がりを拡げていく必要があります。
⑤人事部を作り直す
・人材マネジメントはラインに移管する
・人事スタッフは高度専門家になる
人事部ではなく、マネジャーが部下やメンバーをマネジメントしていかなくてはなりません。人事部はマネジャーが良いマネジメントをするためのサポートが出来るような高度専門家である必要があります。
私は①の「課長力を復活する」ことが最も重要な一丁目一番地であり、①をないがしろにした改革では効果は生まれないと考えると同時に、①~⑤の順番も非常に大切で、どれか1つのみを行っても意味がなく効果は薄いと考えています。
この5つの項目を実行していくと、企業の成長の条件のひとつである経営者の役割と第一線の管理者の役割が合わさった「両輪の経営」が出来ると思います。また社員が決められたルーチンワークである作業(タスク)ではなく、知識や技能を使って問題を発見・解決し、付加価値を創造していく仕事(ジョブ)を行なっていることも、もう1つの成長の条件であると考えます。ジョブ型人事制度という言葉が普及してきましたが、ジョブの本質まで考えている企業はまだまだ少ないのではないでしょうか。
日本の品質管理の父と言われ、デミング賞に名前を残すエドワーズ・デミング博士の著書『Out of The Crisis』(1982)には、「パーパス経営」「社員全員経営」「心理的安全性」「トップダウンによる数値管理の廃止」「働き方改革」等、今まさに日本企業の経営に必要であり重要とされる要素が記載されています。40年前に出典された彼の著書を、当時は日本だけが翻訳しませんでした。このことこそが、学ぶことを忘れてしまった当時の日本の象徴ではないでしょうか。
講義の後に行われた質疑応答の時間には、参加者の皆様から多数質問が寄せられ、綱島氏からひとつひとつ丁寧に回答していただき、本フォーラムは終了しました。
◎フォーラムを終えて
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フォーラムの内容は参考になりましたか
(参加者アンケート結果から) -
参加者の意見・感想は・・・
これまで参加したCHO協会のセミナーで最高の内容だった。過去の企業例をもとに、成長のポイントをわかりやすく具体的に示してもらい、目からうろこどころか、もやもやしていた考えや悩みがすっきりとし、解決の方策が見つかった思いがする(階層別の役割・プロセス開発・本当の顧客第一・人事ライン化・愚直 等々)。早速、綱島氏の著書を購入し拝読させていただきたい。 非常に感銘を受けた。特に、「安い日本、弱い日本」ができあがってしまった課程や原因がわかった。早速、綱島氏の著書を2冊購入し、拝読中である。 非常に示唆するところが多く、とても参考になった。本日の講演内容を踏まえて、今後の当社の施策を考え直してみたいと思う。 綱島氏のお話は非常に深い考察と大きな時間軸で語られており、大変参考となった。 他社事例を多く盛り込んだお話で、非常に理解しやすかった。当社で今後の方針を立てる際には、ぜひ参考にさせていただきたい。 ジョブ型の精緻さは中核管理職や第一線の力を削ぐ可能性があるという綱島氏の認識に、とても納得した。 ジョブとタスクの区別の重要性が認識できた。本日の講演の本筋ではないが、昨今導入されている日本のジョブ型は、ジョブディスクリプションと言いながら、実はタスクを整理しているものに過ぎず、欧米では20年以上前に流行ったが、今となっては失敗例になっている……というような話がたいへん印象的だった。私も、この手法は、製造現場や飲食などのサービス業で、ワーカーの作業を標準化し、それに賃金を当てはめているようなもので、クリエイティビティやブレークスルーが求められるホワイトカラーやエンジニアの仕事については違和感を抱いており、たいへん的を射た指摘だと感嘆した。 本日のポイント(成長10の法則)が自社にとってどうかと考えると、かなりの課題があると思った。「中核(コア)管理職」という考え方については同感であり、今後そうした意識を持つようにし、当社内でのメッセージにも使わせていただきたい。 「中核管理職」の育成に注力したい。 綱島氏自身が「学ぶことを止めないこと」を実践されているようにお見受けし、講義内容とも相まって実に印象的だった。 -
登壇者の感想は・・・
コーン・フェリー・ジャパン 綱島 邦夫 氏
「皆様、たくさんのコメントとアドバイスをありがとうございます。感謝申し上げます。私は日本企業の成長のための『課長力の復活』というテーマに焦点を当て、①これからの課長の役割と行動指針の明確化 ②課長力発揮を支援する経営の役割 という2つの観点から、検討と実行の試行錯誤を続けていきますので、今後ともよろしくお願いします」