新たな働き方としての “複業”の拡がり
ロート製薬株式会社 執行役員 人事総務部 部長 河崎 保徳 氏
ソフトバンク株式会社 人事本部 人事企画統括部 統括部長 野村 純也 氏
キリンホールディングス株式会社 人事総務部 人事担当主幹 森澤 文貴 氏
ダイドードリンコ株式会社 人事総務部 人事グループ マネージャー 真野 祐子 氏
株式会社パソナJOB HUB ソーシャルイノベーション部長(兼)事業開発部長 加藤 遼
働き方改革の進展と、働く側の価値観やキャリア観の多様化により、“複業”が注目されるようになっています。日本CHO協会ではこれまでにも何回か、このテーマを掘り下げてきましたが、「個人/企業にとって、何故“複業”なのか?」という議論のフェイズは終わり、“複業”への取り組みは各社各様のステップを経て、現在も進化しています。
今回の人事実践セミナーは、今後の“複業”推進のヒントを持ち帰って頂くため、既に“複業”に取り組んでいる4社の代表者が具体的・実践的な事例や、その効果、成果と課題等について話し合うトークセッションとしました。
セミナーはまず、各社の“複業”に関する取り組み紹介からスタートしました。
■ロート製薬 河崎氏
「2015年に若手社員を対象に『社員一人一人の成長速度を上げるためには、どのような会社の支援が必要か?』というテーマで、若手社内プロジェクトを実施。その中に「社外の副業を解禁してほしい」「社内の兼業を認めて欲しい」という施策提案がありました。これをきっかけに、社外チャレンジワーク制度と社内ダブルジョブ制度を導入。実際に制度を利用している社員の多くが、自己成長を実感しています」
■ソフトバンク 野村氏
「2017年に、イノベーティブでクリエイティブな風土が企業の成長には不可欠として、人材戦略を見直した際、多様な経験を自己成長につなげてもらうため、そのひとつの施策として、社員の複業を許可することになりました。したがって、複業許可の基準は「本業に影響を与えず、本人のスキルアップや成長につながること」としています。最近ではコロナ禍の影響もあり、在宅でできる複業をする社員が増えています」
■キリンホールディングス 森澤氏
「当社グループでは、事業ポートフォリオの変化に伴って、人財ポートフォリオの変化も必要になりました。これからの競争力の源泉は、人財や組織風土・文化にあると考えており、社員一人ひとりの『知』を組み合わせる価値創造は、均質的な環境からは生まれにくいことから、“複業”を解禁しました。社員が多様な経験を得て、それを本業や社内に還元することで、多様な人財・多様な組織づくりにつながることを期待しています」
■ダイドードリンコ 真野氏
「2020年9月に、従業員ニーズの高まりとコロナ禍による働き方の変化を背景に、“複業”制度を導入しました。ねらいは、従業員一人ひとりのワークライフシナジー(※)の実現です。2022年1月時点で約30名が制度を利用しており、農業やコンサルタント、UberEATSのデリバリースタッフなどの“複業”を行っています。
(※)「ワーク」仕事と「ライフ」生活の双方を充実させて、シナジー(相乗効果)を起こそうという、ワーク・ライフ・バランスを発展させた概念。
次に、モデレータのパソナJOB HUB加藤が、地域企業と複業人材のマッチングコミュニティJOB HUB LOCALと、近年の複業の価値の高まりについて説明した後、トークセッションのテーマとして以下の3つの問いが提示されました。
1. 複業する個人は、組織にどのようなインパクトを与えているのか。
2. 組織は、そのインパクトをどのように経営に活かしているのか。
3. 個人と組織の"複業"という新たな関係性によって、人材戦略や経営戦略はどのように変化しているのか。
ロート製薬の河崎氏は、「個人が企業に与えるインパクトは、以前よりもずっと大きくなっており、今後さらに大きくなると予測できることから、個人の成長が企業の成長につながると考えるのが自然である」と答えました。
ソフトバンクの野村氏は、「若い世代は積極的に成長の機会を求めており、『社外でも活躍したい』『社会のためになることをしたい』という意識が強い」と指摘。その意識が社内のイノベーションや組織の活性化につながるだろうと述べました。
キリンホールディングスの森澤氏は、「実際に複業を行った社員にインタビューしたところ、社外を知ることが、改めて社内を見つめるきっかけとなり、仕事のやりがいの整理にもなっていることがわかった」「複業を行っている社員がいきいきと働く姿は、周囲にも良い印象を与えている」と述べました。
ダイドードリンコの真野氏もこれに同意。「複業している社員は、生活者としての充実度が向上しており、それが周囲にじわじわと好影響を及ぼしている」と述べました。
「個人の活性化は組織にどのように影響していると考えるか?」を問いかけたところ、河崎氏は「ロート製薬で毎年行っている社内調査で、複業をしている社員が多い組織ほど、活性化しているという結果が出た」と紹介。さらに複業をしている社員の方が、成績も向上する傾向にあるとも述べました。野村氏も、複業をしている社員はやりがいや成長実感が向上しているというデータが出ていると発言。また、真野氏は複業には離職率を下げる効果もあるのではと意見を述べました。
最後に、「これからの個人と組織の新たな関係性構築がどうなると考えているか?」を尋ねました。
真野氏は、「今、組織と個人がほぼ対等の関係になっていることから、複業も含めていろいろな組織と個人の関わり方が出てくるだろう」と答え、多様な関わり方があることが企業の競争力向上につながることを期待していると結びました。
森澤氏は、「雇用の流動化がますます激しくなる中で『選ばれる企業』になるためには、個人と企業の関係性構築がたいへん重要になる」と語りました。近年はプロジェクトごと、またはミッションごとに社外の人材を活用する事例も増えており、個人と企業の関係性は、経営戦略に直結する課題となっていると述べました。
野村氏は、「複業に限らず、オープンイノベーションなど、社外との『知の交流』をもっと盛んに行うべき」と発言。個人が外で得た知識を、組織に共有してもらうことが、企業の成長に欠かせない要素となるからだと述べました。
河崎氏は、「研究開発でイノベーションが起きない場合、背景には社内リソースだけで進めようとする体制の限界と、社員の視野の狭さがある」と指摘。「この2つの問題を解決するためには、個人の成長が不可欠であり、複業は非常に有効な打開策のひとつだが、無作為に進めていても効果は薄く、企業の成長の方向性を社員にしっかりと共有した上で、方向性に沿った複業をしてもらうことが重要である」と強調しました。
トークセッション後の質疑応答の時間には、複業における労働時間管理や、社内兼業の場合の報酬の取り扱い方、複業制度を導入するための組織の巻き込み方など、受講者から届いた数多くの質問にパネリストがそれぞれ回答し、セミナーは当初の終了予定時間を過ぎても質疑応答を継続、全部の質問に回答し、終了しました。
◎セミナーを終えて
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参加者の意見・感想は・・・
複業、パラレルキャリア等、様々な文脈で働き方の多様化が進んでいるが、一過性のブームにならず、越境型で学習できる組織体が増えてくることを願っている 各社の複業導入の背景から、具体的にどのように展開されたのか等をお話し頂いたので、どういった課題感を持ち、導入に至ったのかを理解することができ、当社の現状と照らし合わせ、導入の有効性を確認することができたかなと思う。導入されている企業の中でも、それぞれ導入の背景や目的が異なっており、どういった範囲にインパクトがあったのか、副業を実施した層の分析など新たな興味深い発見もあった。また、質疑応答の内容も聴きながら、各社がやはり同じところで導入を躊躇している部分もあるなと共感した 複業を導入するにあたっては、単なる収入補填を目的とするのではなく、社員に成長する機会を与えること、または社会貢献に資することを目的にしなければならないと強く感じた 複業は何のためにやるのか、自己成長と社会貢献のためという、ロート製薬の考え方が腹落ちした 当社では数年前から、個人の活動への締め付けが非常に厳しくなっている。活動をしていた者、取り締まる者、双方が大きなストレスを抱えている。そして個性豊かな社員が、次々と辞めていく。そんな中参加した今回のセミナーで、登壇者の皆様のお話を聞き、これからの時代の働き方の方向性を見た気がしたし、勇気も貰えた 導入実績の長い、短い各2社から、実態に即した事例を伺うことができ、大変参考になった。弊社が検討している方向性とも合っており、「スタートしてみたら、ネガティブ要素は意外に少なく、ポジティブな考え方が多い」という感想に背中を押された 各社の複業の取り組みが、とても参考になった。まずは複業の目的を企業戦略と整合させ、従業員の成長が会社の成長につながる、というコンセプトで設計するのが肝要かと思った。また導入に際し、課題が想定されるが、実際にはメリットも多いということを聞き、当社でもぜひ前向きに検討を進めたい 各企業の具体的な事例を聴くことが出来て、とても参考になった。個人的には複業の導入はまだ難しいかな・・・・と思っていたが、本日のお話を伺い、少し考えが変わってきた 各社とも時流を見極め、スピード感をもって複業に取り組んでいる様子が、とても印象的だった コロナ禍により世の中の働き方が変わる中で、社員の価値観や意向に沿う各社の取り組みを伺うことができ、大変貴重な時間だった -
登壇者の感想は・・・
ロート製薬株式会社 河崎 保徳 氏
「複業導入については、いろんな入り方があることを学びました。また、社員が働き方を選択できる時代は、既に始まりつつあるのだと実感しました。複業が本業の領域を冒すという恐れを超え、むしろ社員成長につながると信じ、社会の変化の波についていかねばと改めて感じています」ソフトバンク株式会社 野村 純也 氏
「複業導入の結果については、ポジティブなものが多い印象でしたが、今回もその認識を新たにしました。まだ法制面を含めた課題もありますが、今回のような機会を活かし、様々な会社の知見を相互に取り入れていくことで、自社のみならず周囲の変化に繋げていけるテーマだと思います。より良い効果測定を含め、引き続き取り組みたいと思います」キリンホールディングス株式会社 森澤 文貴 氏
「複業の導入経緯や取り組み状況は各社それぞれでしたが、お互いにディスカッションをすることで、背景や大切にしたい考えを知ることができました。自社の施策にも活かしていきたいと感じました。会社と従業員の関係性の変化がクローズアップされていますが、両者の成長に向く複業施策になるよう、これからも取り組みを進めていきたいと思います」ダイドードリンコ株式会社 真野 祐子 氏
「当社は、目的を問わず広く複業を許容している点が、他の3社様と大きく異なることに気付きました。この特徴を踏まえ、『ワークライフシナジーの実現』の手段のひとつである複業により生活が充実し、巡り巡って業務のパフォーマンスやエンゲージメントも上がっていくという、好循環の事例を増やしていきたいと改めて思いました」株式会社パソナJOB HUB 加藤 遼
「社内複業や社外複業は「社員の成長」や「イノベーション」に、複業人材活用は「多様な人材ポートフォリオ」に効果的で、人的資本経営の重要課題である『人材開発』『エンゲージメント』『ダイバーシティ』等の指標にも好影響を与え、企業価値向上に貢献します。複業を実践する自律型人財達が『人が活きる組織文化』を創っていきます」