HRBP/戦略人事が果たすべき役割
~求められるスキルと資質、そして育成方法~
株式会社インヴィニオ 代表取締役 エデューサー/組織能力開発ストラテジスト 土井 哲 氏
このセミナーの案内を見る歴史的な選挙イヤーとなった昨年を経て、2025年の世界経済の行く末は、より不確実性が高まる方向へ進んでいるように見えます。ビジネス環境もさらに急激な変化が想定され、日本企業もそれに対応せざるを得なくなるでしょう。となれば、方針変更にともない組織もそれに即応する必要がでるため、人事部門の役割もこれまでどおりとはいかないでしょう。かつての管理業務中心の人事から、企業戦略と連携し経営に直接貢献する「戦略人事」へのシフトが求められることになります。特に、HRBP(Human Resource Business Partner)という概念は、企業の競争力を高めるために欠かせない存在として、より注目を集めることになるはずです。
そこで今回は、株式会社インヴィニオ 代表取締役の土井氏をお迎えし、米国企業の具体例の紹介や組織が持つ能力の言語化・可視化事例など、最前線の知見を交えながら解説いただくとともに、HRBP/戦略人事に求められるスキルや資質、さらには「HRBPの育成は可能なのか?」といったテーマについても深く掘り下げていただきました。
以下は講演の要旨です。
米企業におけるHRBPの守備範囲
組織や人の面で課題を抱えていない事業リーダーはいません。HRBPの伴走は常に求められていますが、事業に踏み込んで支援を行うには基本的な知識・スキルと確立された手法を持つことが不可欠です。バーチャルHRBPとして3年間活動してみた経験から、成果を上げるためのポイント、HRBPに必要な知識・スキル、求められる資質が見えてきたので、それを共有します。
米国におけるHRBPの守備範囲は概ね以下の9つ。とても幅広いので全てをやる必要はありません。抱えている課題は会社によって異なりますから、自社の事情に合わせて必要なところからスタートすれば良いと考えています。
①組織設計
②パフォーマンスマネジメント
③タレントマネジメント
④報酬設計
⑤採用と人材配置
⑥学習と能力開発
⑦従業員とのリレーション
⑧HRのデューディリジェンス
⑨アセスメントとコーチング
“組織開発”は、業績を上げるものでなければ意味がありません。業績に直結するのは企業の競争優位性であり、その実現は差異化を生みだす戦略の有無と、それを支える「組織の6つの要素」(業務プロセス、構造とガバナンス、情報と測定基準、人財と報酬、継続的改善の仕掛け、リーダーシップと組織文化)の全体構造で決まります。最も重要なのは6つの要素のアラインメントであり、これを整合させる鍵は設計の順番です。順番に設計し、各組織のリーダーに競争優位性を生みだす新しい業務プロセスでチームを率いてもらうことで、リーダーとメンバーの行動・意識が変わり、新たな企業文化を形成することができます。
私たちは各プロセスで有効な数多くの議論のフレームワークを提供できますが、事業リーダーと5つの議論をするだけでも価値を感じていただくことができます。
・環境分析(①ステークホルダーの期待値/目標と現状のギャップ ②時代分析/未来洞察)
・戦略の明確化(③ターゲット顧客と提供価値の定義)
・組織のマクロデザイン(④活動システムマップを作り、求められる組織能力を特定)
・組織のミクロデザイン(⑤組織の6要素のデザイン)
私の経験から言うと、③④だけでも良い結果を導くことができると考えています。
HRBPが事業のリーダーシップチームと議論すべき5つのポイント
経営学者のマイケル・ポーターは、著書の中で「戦略の本質は“差異化”である。意図的にライバルとは異なる一連の活動を選び、独自の価値を提供することである。」と語っています。方針や目標、組織の新設、他社と同じことをする、気合いを入れる、といったものは「戦略」ではありません。まずこれを正し、5つの議論からはじめましょう。
1. ステークホルダーの期待値/目標値と現状のギャップを知る
事業リーダーが何を実現したいのかを理解し、現状とのギャップを明確にすることで、登ろうとしている山の高さ(困難度)が見えてきます。
2. 時代分析/未来洞察
縦軸に自社、競合/業界、顧客/市場、世の中、という4項目を置き、空間的な視野を広げます。縦軸は、自社にとって大きな変化があったときを境目として、それ以前→最近→今後と3つの時代に分け、時間的な視野を広げます。ファシリテートしながら質問を投げかけ、このマトリクスを埋めていくことで、何が事業を左右する要素なのかがが特定されます。過去を振り返り、整理し、今後の世の中を考え、それに対する顧客の変化を予測し、競合の対応を予測し、自社はどうするのかを考える。リーダーシップチームのメンバー間でも未来に対する認識が異なる場合もありますが、それを擦り合わせる議論を通じて、今後どうしていくべきかを導き出すことができます。
3. ターゲット顧客と提供価値
時代分析で明らかになった時代の変化を踏まえ、誰にどのような価値を提供することで他社に真似できない事業を作ろうとしているのか、を言語化します。重要なのは、ターゲット顧客が自社を選ぶ理由は何なのか、相手の言葉で書いてみることです。差異化された価値を提供できているなら「最上級」「唯一の」と表現できるはずです。その上で、会社のパーパス、ビジョンの実現に向けて、価値を提供すべき相手はどんな顧客なのかを考えます。ただし、コトを成し遂げるためには能力が必要なので、次のステップは、実現するために必要な組織能力を明確にすることです。
4. 活動システムマップ
現在の組織能力は過去の事業環境や戦略に沿って蓄積されたものなので、新たな環境下で新たな戦略を実現するには、新たな組織能力が必要です。「組織能力」に明確な定義があるわけではありませんが、組織が人の集合体である以上、私は「組織の一人ひとりが行動や活動を通して発揮する力の総和」と考えます。仮に一人ひとりが行動を通じて発揮する力をベクトルで表せるとするなら、組織能力は各人のベクトルの総和=ベクトルの合力といえるでしょう。
組織能力を発揮するのは、人だけではありません。高度に自動化された生産設備、高いブランド力、豊富なキャッシュなど、組織が保有する有形資産、無形資産も組織能力を発揮します。ただし、それらを築き、磨き続けているのは「人」なので、組織能力とは「組織の一人ひとりが行動や活動を通じて発揮する力の総和」と定義することができます。
マイケル・ポーターは、戦略の本質は“差異化”であり、意図的にライバルとは異なる一連の活動を選び、独自の価値を提供することである、と考えました。そして戦略実現に必要な組織力を“一連の活動の連鎖図”として可視化するために考え出したのが「活動システムマップ(CASM)」です。
マイケル・ポーターが論文の中で紹介しているIKEAを例に考えてみましょう。
IKEAは「センスの良い良質な家具を他社より安く提供し続ける」ことで差異化しようと考えました。そのためには「センスの良い家具をどこよりも安い原価で作れる」「長く・安定的に供給できる」「販管費(減価償却費を含む)を最小限に抑えられる」という3つの組織能力が必要になります。これを高め、戦略を実現するために必要な一連の活動を列挙し、「活動システムマップ」をつくることで、具体的に何が必要なのか、という議論が進みます。
5. 組織の6要素
推進すべき「一連の活動」が洗い出せたら、次はその活動が促進されるよう、組織の6要素を順番に設計していきます。まず、これから行うべき「活動」をカスタマージャーニーに沿って業務プロセスに落とし込む。業務プロセスが決まり、構造とガバナンスが決まると、「業務を遂行できる人材モデル」「育成方法や獲得・採用方法」が見えるようになる。すると実行体制が整い、外部環境が変わっても何を見直せば良いかすぐに分かるので、柔軟性とスピードの確保が可能になる。ここまでの要素を体現するロールモデルとなるべきリーダーシップ像が定義できて、従来の慣行を破り新たなやり方を実践することで、新しい組織文化が形成されます。
CASM作成で「戦略が求める組織能力」を言語化・可視化
CASMを作って組織能力を可視化すると、戦略の実現に必要なこれからのあるべき業務プロセス、人財・人事制度、組織・体制などいろんなものが見えてきます。ある化学工場で若いエンジニアを中心に実施したところ、自然と役割分担が進み、参加メンバーの表情が明るくなり「明日から何をすべきか分かった」「自分の仕事とビジョンの関連性が見えた」といった声が上がりました。停滞していた新規事業が動き出したこともあれば、CASMを真ん中において1on1を行うことで、エンゲージメントを構成する「貢献実感」「成長実感」の基盤を作ることもできます。
これまで紹介してきた一連の流れを作ることで、人事戦略と人材戦略の連動を実現することができます。ISO30414の開示などで苦労している方も多いと思いますが、ホリスティックなアプローチで人事施策を打ち出していることを示すことで、株主、投資家、社員等に施策の妥当性を論理的に説明することができます。
HRBP/戦略人事に求められる必須スキルと育成
5つの議論を進め、実行体制を整えるには、以下のようなスキルが不可欠だと考えます。
・事業に対する興味・関心
・問題発見・課題発見スキル
・問題解決・課題解決スキル
・質問力(仮説思考、イシュー思考)
・ファシリテーションスキル
・AI活用スキル
・地アタマの良さ
・フォロワーシップ・リーダーシップ
かなり高度な人材といえますが、資質の高い人を選んで必要な知識・スキルを習得させ、成果につながる方法論に沿って業務経験を積ませれば、可能であると考えます。まず、感応力、積極性、感謝欲、懐疑性、抽象概念理解力、アイデア志向、内的管理、などの資質・動機を持った人材を募る。その上で戦略のコンセプトを明確にし、活動システムマップを作ることからスタートすることで、HRBPが育てられると思います。
最後に、ジョン・F・ケネディーやビル・クリントンが尊敬する人物として挙げた上杉鷹山の言葉を紹介します。
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」
◎フォーラムを終えて
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参加者の意見・感想は・・・
HRBPを自社内で検討中ですが、そもそもHRBPの役割を深く理解していなかったので、検討にあたり必要な要素が解像度高く理解できました。 今後HRBPを導入していくにあたり、HRBPをどう位置付けていくと自社に最適な役割を担えるか、考えるポイントを示唆いただけました。 事業推進と必要な人材確保のストーリーをどのように描いていくかを議論しているところでしたので、大変参考になりました。 当社でもHRBP組織を1年半前に導入しましたがなかなか軌道に乗らないということもあり、勉強のため参加させていただきました。大変参考になる内容でした HRBPという言葉が独り歩きしており、事業部がむしろ期待してしまっている感があり、設置に前向きになれない現状のため、改めて、やるべきことと求められる人物像(特にこちら)が想像通りで、言語化された感覚です。 HRBPを担当できる人財を確保するため、オペレーション思考ではなく戦略思考のある人財を育てるためのアサイメントや教育が重要だと感じました。 -
登壇者の感想は・・・
株式会社インヴィニオ 代表取締役 エデューサー/組織能力開発ストラテジスト 土井 哲 氏
「多くの方にご清聴頂き、また多数のご質問もありがとうございました。
・どうすれば事業部門との信頼関係を構築できるか?
・どうすれば効果的な支援ができるか?
・どうすればHRBPが育つのか?
みなさまからのご質問を、あの後も考え続けました。例えば、事業部門と人事部門との間でHRBP機能を担うジョイント・プロジェクトを立ち上げるのはどうでしょうか?ぜひ検討してみてください。」