人事部に求められる「人としての器」
~器の大きな組織を目指して~
株式会社人としての器 代表取締役 羽生 琢哉 氏
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急速に変化する経営環境は、人事方針や組織マネジメントに新たな挑戦を突きつけています。不透明な先行きの時代において、変化への迅速な対応には、多様性を活かした組織作りや人材育成が不可欠です。
しかし、DE&IやLGBTQ、エンゲージメントやキャリア自律、ハラスメントやウェルビーイング、DXやリスキリングといった新たな課題に次々と対応し、それを人的資本戦略の成果に結びつけることは容易ではありません。変革を実現する鍵は人事部と現場の協業関係にあり、両者が手を取り合い粘り強く進むことが必要です。「人事施策や組織マネジメントの実効力を高めるための、何かシンプルで実践可能な考え方や取り組みは存在しないのだろうか?」といった疑問をお持ちの方も多いと思われます。
そこで今回は、「人としての器」に関する研究を行い、その知見を人材開発や人事施策の構築に応用してきた羽生琢哉氏をお迎えし、「人としての器」を意識することが人事部の活動にどのように役立つのかを、具体的な研究成果や事例を交えながら解説いただきました。セミナー後半では、参加者同士で議論する時間を設け、人事部で実践可能な考え方や方法論について理解を深めていただきました。
以下はセミナーの要旨です。
「人としての器」とは
「器の大きい人」「大器晩成」「社長の器」など人は「器」に例えられますが、この場合「器」の価値は、新しい知識や経験、多様な他者を受け入れることにあります。つまり、器を磨き広げることで彩り豊かな関係性を築くことができ、組織は発展し、個人の人生は意義のあるものになると考えます。
「人としての器」とは、人間性や人格、思考・信念、他者受容性など非常に抽象度の高い概念であり、私たちの人生そのものといえるくらいの深さと広がりを持つ考え方です。古代中国の思想家・老子は、「器は『形』よりも『空間』が大切」「人は『器』として成長し、他者を包み込む」などと説き、リーダーの条件として「器の大きさ」を挙げました。組織の目標達成に向けては、「リーダーシップ」という輸入された概念より、「器」という日本人ならではの考え方で捉え直すことに価値があると考えます。
人としての器は、「感情」「他者への態度」「自我統合」「世界の認知」の4象限で構成され、外から見えやすい表層/外から見えにくい深層と、内面として「器を磨く」/外面として「器で包む」という2つの軸で捉えることができます。大きく見ると、「感情」では「元気」であること、「他者への態度」では「気配り」、「自我統合」では「本気」、「世界の認知」では「気づき」が、それぞれ器の大きさにつながり、人として重要な要素だと考えられます。細かく見ると、例えば、「感情」の中にもコントロールされる「自制」領域と、感情豊かな「感性」領域という両立しづらい2つの方向性があり、人によってありたい器の形は多様であることが想定できます。
人としての器は、「環境の変化」「他者との関係」「自分自身の変化」といったきっかけを通じて成長します。そのプロセスには①変化の影響を「蓄積」する(Accumulation)→②器の限界を「認識」する(Recognition)→③器の拡大を「構想」する(Conception)→④意識・行動を「変容」させる(Transformation)という4つのフェーズがあり、その頭文字をとって「ARCTモデル」と呼びます。器はこの4つのフェーズをくり返すことで大きくなっていきますが、様々な事情から各フェーズで逸脱し、ARCTのサイクルがうまく回らないことがあります。そこで「ARCTモデル」を活用し、自身がどのフェーズにいるのか、逸脱していないかを自覚することが大切です。
器の大きな組織とは
組織の器とは、多様な人材を受け入れる組織のあり方です。これは組織の構成員によってつくられるものですが、特に経営者・管理職・人事部のあり方が大きく影響します。たとえば、ある上司の器が大きければその部下(一般社員)の器も自然に大きくなりますが、部下の器の方が上司より大きいと部下は制約を受けるため、組織側(上司側)が器をつくる姿勢を持っていないと離職につながるリスクが生じます。一方で、組織の器が大きくなると、従業員のキャリア展望が開ける、上司・リーダーへの満足度が上がる、キャリア支援施策の効果(社員の定着率)が上がる、などのメリットがあります。
優秀社員の離職、ミドルシニアの不活性、管理力適任者不足、閉塞感・停滞感の蔓延、問題社員の増加など組織が抱える様々な問題は、個別に対処してもキリがありません。これらの問題の根底には「組織の器」があるので、組織の器を大きくするための施策を考えていくことが重要です。
器の大きな組織を目指して人事部は何をするか
人事部のあり方は社員と組織に影響するので、社員と組織の器を育むうえでの鍵は「人事部の器」といえるでしょう。人事部の活動領域には「戦略策定」「風土改革」「実務運用」「現場貢献」の4つがあります。
人事領域における器の大きな組織の対応例としては、候補者のポテンシャル(器)を見極めた採用、まだ表れていないポテンシャル(器)の評価、一人ひとりの可能性が開かれる柔軟なプログラム、などが挙げられます。実績・スキルを重視する即戦力採用、目に見える実績の評価、一律で即効的な教育プログラムなど、“目に見える中身”を重視した対応も大切ですが、“中身”に偏ることのないよう器の観点を取り入れて対応することが大切です。
人事領域の2大トレンド「ウェルビーイング」と「キャリア自律」について考えてみましょう。どちらも言葉が一人歩きし、「自分の良好状態が大事」「自分にとっての居心地の良さ重視」「キャリアオーナーシップが大切」「自分のやりたいことだけやりたい」と考える傾向にあります。もちろん、ファーストステップとして自分を大切にすることは重要ですが、それを究極的なゴールと捉えてしまうと、どこまでいっても自分自身に対する問題(自己中心の世界観)にとどまってしまう懸念があります。そこで必要になるのが、「人としての器」という言葉による他者視点への揺り戻しです。
権力・影響力を持つ人事部が自らの器づくりを怠ると、組織・社員の器づくりが制約され、自己中心・短期利益優先→権力者に従順・管理的閉鎖的な関係→実力主義、道具的評価→器が育たない、という「負のループ」に陥ってしまいます。これに対して、組織に権力が分散→組織・社会全体の長期利益を考慮→心理的安全、異質性の歓迎と革新→可能性評価、相互学習→器が育つ、という「正のループ」を回すには、人事部が自らの器を広げ、組織・社員の器づくりに貢献する姿勢が重要です。時間はかかるかもしれませんが、影響を持つ立場の人々が自らの器を磨き続けるしかありません。短期的な目の前の結果に捉われず、根源的な課題と対策を検討できるようになるためには、器を大きくすることが必要です。
改めて「感情」「他者への態度」「自我統合」「世界の認知」という4象限を詳細に見直してみると、大切にすべきことが見えてくると思います。その上で「ARCTモデル」を何度もくり返すことで、自分らしい器がつくられていきます。
人事システムを構築・改定し、人事部によるコミュニケーションのプロセスを通じて、従業員の行為(離職・就業継続)に影響します。その中で現状のデータを取得して全体の課題を把握し、これを元に人事システムの構造変容に向けた風土改革・戦略策定を実践し、施策を展開します。このループを回すことが、すなわち人事部の器をつくることでもあり、より良い人事システムがつくられれば、組織・社員も変わってゆきます。
一人ひとりの立場・状況によって、どのように器をつくるかは異なるかもしれません。器には余白(空)があり、絶対的な完成形はないので、自分らしく、自社らしく、つくり込んでいくプロセスが重要になります。まずは自身の「人としての器」と所属企業の「人事部の器」に目を向けて、お互いの意見の違いから学び合うことから始めてはいかがでしょうか。
◎セミナーを終えて
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参加者の意見・感想は・・・
器というワードを通して、いろいろ考えさせられましたし、取り組み方針として取り入れていきたいものと思いました。また、他社の方との意見交換もとても有意義なものでした。ありがとうございました。 繁忙期で参加を迷っていたが、参加して非常に良かった。本も拝読させて頂きたいですし、勉強会?も参加させて頂きたいと思いました。 元気、本気、気配り、気づきや、中身と器の発想の一つ一つのチェック項目など、自信の業務で行き詰ったときに、振り返るとヒントになると感じました。またDEIの取組の課題で自分が考えていることは誤っていないのだという気づきになりました。分かっていた自分のやるべき事が明確になりました。 今まで考えたこともなかったトピックで、ワークも難しかったです。人事部の器は、自分(達)がスコアをつけるのではなく他者からつけてもらうものなんだろうなと思いましたが、自分でどうチェックをつけて良いかがわからないくらい、考えたこともなかったです。 本日ご紹介いただいた表層・深層/内・外 の2軸で考察する視点は人材開発の方向性として非常に腹落ちしました。また、事業環境変化が激しい時代において深層部分/本質をじっくり向き合うこともなかなか設けられない従業員も多いのではないかということに気づきました。どうもありがとうございました。 -
登壇者の感想は・・・
株式会社人としての器 代表取締役 羽生 琢哉 氏
「振り返りの時間が十分に確保できなかった点は個人的な反省点ですが、参加者の皆様の真剣な対話の姿勢に大いに支えられました。器というテーマが引き出す豊かな語り合いを通じて、器の視点で人事部の活動を語ることに大きなパワーがあると実感できました。これからも継続的な対話の場を作っていければと思いますので、引き続き皆様と一緒に『器』を広げていければ嬉しく思います。ありがとうございました!」