2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望 (PART1)
~企業人事のステークホルダーは、人的資本経営の動向をどう見ているか~
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 岩本 隆 氏
ニッセイアセットマネジメント株式会社 執行役員 チーフ・コーポレートガバナンス・オフィサー 井口 譲二 氏
株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー 下野 雄介 氏
株式会社プラスアルファコンサルティング 取締役副社長 鈴村 賢治 氏
株式会社パソナHRソリューション 代表取締役会長 石田 正則
2023年は、様々な企業が「人的資本経営」と人的資本情報の開示に取り組んだ結果、今までになく「人的資本経営」が前進し、そして次なる課題も見えてきた1年だったのではないでしょうか。
当協会では、今年の「人的資本経営」の動きを振り返り、まさに企業にとっての重点戦略に位置付けられた「人的資本経営」を更に前進させるためには何が必要かを、2回に亙る公開講座を通じて総括します。
その前編となる今回は、人事部門を取り巻く様々な立場のステークホルダーの皆様をお招きし、これからの「人的資本経営」の方向性を多面的に掘り下げて頂きました。
以下は本講座の要旨です。
【PART1】パネリストとモデレータの自己紹介と人的資本経営への関わり方
【パネリスト】 慶應義塾大学大学院 岩本 隆 氏
ニッセイアセットマネジメント 井口 譲二 氏
日本総合研究所 下野 雄介 氏
プラスアルファコンサルティング 鈴村 賢治 氏
《モデレータ》 パソナHRソリューション 石田 正則
■岩本 隆 氏
私自身は研究開発・技術職を経て、山形大学では文部科学省地域イノベーション・エコシステム形成プログラムの事業プロデュースを行ない、慶應義塾大学大学院では現在、SFC地域イノベーション共同研究に従事しています。また、2022年3月まで常勤で勤めていた慶應義塾大学ビジネス・スクールでは技術・戦略・政策の融合による「産業プロデュース論」(企業視点からは「ビジネスプロデュース論」)を研究プラットフォームとして、企業との経営学の共同研究を進めてきました。主な研究領域は、以下の3点です。
①経営×技術
②経営×政策:”パブリックフェアリーズ”という概念の普及を推進
③経営×人材マネジメント: 慶應義塾大学発信「HRテクノロジー産業」をプロデュース
約10年間で累計35法人と受託・共同研究を行ない、2022年4月以降は自身の会社で研究を継続しています。大学以外にも、様々な協会の理事やISO/TC 260(人材マネジメント専門委員会)国内審議委員会の副委員長も務めています。
■井口 譲二 氏
私はニッセイアセットマネジメント(株)にて、アナリストを経て投資活動全般に携わり、アセットクラス横断的なアナリストリサーチプロセスの統括(リサーチプロセスへのESG統合を含む)と、スチュワードシップ活動の責任者を務めています。人的資本関係の分野では、人材版伊藤レポート1.0の研究会委員に投資家として初めて参加。また同レポート2.0の検討会委員や内閣官房の人的資本可視化指針の研究会委員も務めました。
現在は、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の委員として、サステナビリティ分野の情報開示の仕組みづくりに携わる他、内閣官房の『新しい資本主義実現会議:三位一体労働市場改革分科会』に従事しています。
投資家の視点からも、経営戦略と人材戦略の連動や一体化は極めて重要であり、それを実現するためにもCHROの役割が非常に重要であると認識しています。
■下野 雄介 氏
(株)日本総合研究所は「知識エンジニアリング活動を通じ、未来を創り、夢を実現する企業へ」をビジョンに、コンサルティング・シンクタンク・システムインテグレーションにより、企業の複合的なニーズに的確且つ迅速に対応できるよう努めています。私が所属するシンクタンク・コンサルティング部門は、「次世代起点でありたい未来をつくる。傾聴と対話で、多様な個をつなぎ、共にあらたな価値をつむいでいく」をパーパスに掲げ、未来を担う若い世代も巻き込みながら、あらたな社会価値を共に考えていきます。
私自身は、入社以来、経営戦略の策定・組織改革・システム改革 等、幅広いテーマに従事し、現在、人的資本経営をより持続可能なものとするべく、「プロアクティブ行動を促進するマネジメントソリューション」(プロアクティブ人材とは、キャリアを自ら築いていくための自律的な行動を取る人材)の研究開発責任者を務めています。
■鈴村 賢治 氏
私が副社長を務める(株)プラスアルファコンサルティングは、膨大な情報をテクノロジーで「見える化」し、マーケティング・CRM・HRや人事・教育等、様々な分野でサービスを展開しています。
2016年9月にサービスを開始したTalent Palette(タレントパレット)事業を通して、「人的資本経営」の実現を支援しており、導入法人数は3,000社を突破しました。導入企業の4割は、従業員数1,000名以上のエンタープライズ企業を中心とした大企業で、企業のニーズを網羅したタレントマネジメント機能を搭載しています。
業務効率化も含め、蓄積したデータを、最適配置・人材活用・人材育成やリスキリング・健康経営・採用強化等にどう活用していくかは非常に重要なテーマです。当社では、タレントパレットに蓄積された人材データを活用し、人事周辺サービスの精度向上実現に向けて、様々な企業と情報共有をしながら取り組んでいます。人事にとって大きな転換期である今、データ活用の側面から様々なご支援が出来ればと考えています。
■石田 正則
2023年10月よりキャプラン(株)と経営統合した(株)パソナHRソリューションにて、新会社の会長を務めています。当社では、人的資本開示支援・HRテック導入支援・人事BPO・教育研修・環境経営支援・キャプランワインアカデミーの6つの事業をサービス展開しています。
サステナブル経営支援領域では「人的資本経営」や情報開示のコンサルティング、HRソリューション領域では人材マネジメントや人事オペレーション等、一気通貫して人事部門の問題点を全方位的に解決出来るサービス提供を目指しています。
【PART2】トークセッション 「企業人事のステークホルダーは、人的資本経営の動向をどう見ているか」
Q1.今年度から本格的に取り組み始めた「人的資本経営」について、企業は今、何に苦労しているのか、各々のお立場からご意見をお聞かせください。
■鈴村氏
今年は「人的資本経営」という言葉を良く耳にした年であったと思う一方、残念ながら本質的な“人的資本経営元年”だったとは言えず、人的資本経営には何が必要なのか、どう実践したら良いのかを議論した“人的資本準備元年”だったと感じています。例えば、どのデータをどう活用していけば良いのか、そもそもデータ収集自体にも悩みを抱えている企業が多かったのではないでしょうか。これまでは活用することを目的にしてデータを蓄積していない企業が多く、今年ようやく、自社にあるデータのFit & Gapを意識し始めた感があります。
どのようなデータをどのように蓄積し、どう活用していけば良いか。それが実感できるのは来年以降になるのではないかと思います。
■井口氏
我々外部の投資家の立場から見ても、今年は“人的資本準備元年”であり、有価証券報告書での開示をきっかけに、企業が改めて意識をし始めた“初期段階”であったと言えます。現状、様々な企業が、有価証券報告書や統合報告書に人的資本情報を記載していますが、その内容は、まだまだ旧来の日本の伝統的な幹部候補育成プランの延長線のようなものが多いように感じます。勿論それも企業の根幹に通じる大切な要素ではあるものの、その企業の経営戦略や人材戦略に対してどのような人材が必要なのかを明記していただくことが重要です。データの観点で言えば、形式的ではなく、その企業が本気で注力しているデータやKPIにメリハリを付けて提示することが、我々のような投資家への説得材料になると思います。
戦後始まって以来の大改革をしなければ生き残れない今、旧来の年功序列的な仕組みや考え方が良いのか、それともジョブ型が良いのか、企業は根本的な議論をしなければなりません。サステナビリティ社会に突入していくことを鑑みると、収益のためだけでは優秀な人材は採用出来ず、社会貢献の中で収益を上げ、その中で人的資本経営に取り組んでいく必要があります。
■岩本氏
ISOの観点から見ると、実は日本が世界で人的資本開示に1番熱心であり、外から見るとそこまで遅れている訳ではないのですが、”準備元年・議論元年”であったことは間違いないでしょう。
私自身、昨年から様々な企業の役員会にて、「人的資本経営とは何か」について講演していますが、改めて考えると、この「人的資本経営」は決して新しい考え方ではありません。松下幸之助氏に”企業は人なり”という言葉がありましたが、皆さんの会社では本来の意味ではなく、雇用を守るという狭い意味で、この言葉を使用していないでしょうか。改めて自社としての”企業は人なり”を考え直し、ゼロベースで議論をし直すことも重要です。議論をすることで自社の課題が整理され、その本質的な課題解決のためにKPIを設定し、データを収集することが可能になると思います。
「人的資本経営」という言葉は一見、人に優しく聞こえますが、実は、個々の従業員がプロになり、活躍しなければ居づらくなる、甘えが許されないシビアな世界なのではないかとも感じます。
■下野氏
「人的資本経営」や伊藤レポートの流れを鑑みた際に、より高い生産性や高い収益率を追求していくための経営管理の枠組みとして「人的資本経営」を位置付けるというのが大前提ではないかと思います。
データ活用の課題や旧来の幹部候補育成プランに終始してしまっている背景には、動的な人材ポートフォリオに着手したものの、なかなか上手く進まず、苦労していた企業が多かったからではないかと推察しています。
Q2.情報開示だけではなく、準備段階も含めた人的資本経営への取り組み方に工夫した企業やより良く変化した事例があれば、お聞かせください。
■下野氏
「人的資本経営」に真剣に取り組んだ企業の変化という観点では、経営戦略と人材戦略を結び付け、KPIで管理する経営管理モデルの仕組みを作り、曖昧になりがちだった人への施策が浸透し、その投資対効果が見えてきたことではないかと実感しています。人材像のゴールを見据えた施策に関して、経営層・経営企画・人事部が、しっかり議論する企業が増えたように感じます。
また、これまでは発信して以上終わりとなりがちだった教育研修に関しても、従業員にとってより意味のあるものにするため、現場との対話を通して、研修自体の意味を伝え始めた企業が増えたのではないかと思います。
■岩本氏
大企業よりもむしろ中小企業の方が、一人ひとりの活躍や成長に力を注ぎ、業績を上げた企業が多いように感じます。データが集めやすいということもあるのでしょうが、ビジネスモデルの変革をしなければ生き残れないという意味でも、全員を活かす経営に真剣に取り組み始めた中小企業の方が、人的資本経営や情報開示に熱心だったのかもしれません。
■井口氏
多くの企業が真面目に取り組んでいることは、間違いありません。しかしながら、有価証券報告書への開示は行ったものの「人的資本経営」の議論が経営陣止まりになってしまっている企業もまだ多いのではないかと感じました。取締役会がしっかりと、その実態を監督する必要もあるかと思います。
■鈴村氏
先進企業と準備元年であった企業との決定的な違いは、同じ「人的資本経営」というキーワードを用いても、議論の中身が本質的に変化しているのか、既存の人事戦略や現場の効率化・働き方改革の延長線で考えているのかの違いだと思います。後者は「人的資本経営」ではなく、以前からあるような「人材活用」ではないでしょうか。人ありきで組織を考えるのではなく、経営のあるべき姿が先にあり、そこに対してどう人を配置するか。先進企業は“適所適材”というスタンスで考えていると感じます。
Q3.人的資本投資のKPIと業績の連動に関して、KPIや目標を達成するためのポイントがあれば、お聞かせください。
■鈴村氏
人材活用のためのデータ収集をしている段階の企業も多いと思います。そのデータは何のために集めるのか、KPIありきではなく、まず先にそのKPIを設定する目的を議論することが大切です。
■岩本氏
経営戦略と人材戦略の連動は必須ではあるものの、それ以前に経営戦略がしっかり出来ていない企業や、そもそも戦略がない企業も一定数あるのではという印象です。
■井口氏
企業の方々と議論する際には、経営戦略の中で何が1番の鍵となるかを明確にしていただいています。経営戦略の中でも、まず何を実践しようとしているのか。そして何を評価の軸にし、それと適応しているかが、我々投資家が人的資本経営の妥当性を見る上で1番重要なポイントと考えています。
経営陣が見ているKPIを投資家にも共有していただくことで、どのような「人的資本経営」に取り組み、どのような進捗があるのかが明確になってくるため、KPIは非常に有用な指標であると考えています。
■下野氏
経営戦略と人材戦略の連動という観点では、どのような人材が必要なのかを職種別に役割定義し、その上で動的な人材ポートフォリオを考えるような、オーソドックスなアプローチで取り組むのが良いかと思います。
選択と集中の観点から作られている経営戦略と、包括的な観点で作られてきた人材戦略という、成り立ちの違う両者を連動させるためには、まずは必要な人材像の刷り合せから取り組むことをお奨めします。具体的な社名を挙げれば、丸井グループ・旭化成・三井化学の開示レポートは、そういった目線からもとても読みやすいと思いました。
Q4. 来る2024年に企業が取り組むべき、重要且つ優先的なテーマは何でしょうか。
■岩本氏
これからのビジネスにとって、どのような「人的資本経営」や人材マネジメントのあり方が良いのかを、ゼロベースで一度議論してみること。あるべき姿を「人」の切り口から、今まで以上に活発に議論することが重要であると考えます。
■鈴村氏
多くの企業では現状、「人的資本経営」に向けてどうデータを活用していけば良いかの土台を構築している段階かと思います。人材のスキルの可視化・自社の社員がどのような能力を持っているかは、非常に重要なデータであり、1番の土台となります。企業の生き残りをかけ、来年以降、こうして蓄積したデータをいかに活用していくが大切です。
■井口氏
各社の経営戦略において何が重要かを考え、人材戦略と紐付けること。経営戦略と人材戦略の連動をより強固にしていくことが必要であると考えます。
■下野氏
「人的資本経営」は、現場が”しらけない”ように配慮することも大切です。従業員との対話を通じ、どう共感を得ていくのか。従業員がメリットを感じるよう、チェンジマネジメントや企業文化への定着を進めていくことが重要になってくるのではないでしょうか。
◎公開講座を終えて
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公開講座の内容は参考になりましたか
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参加者の意見・感想は・・・
人的資本経営の本質について、改めて確認する良い機会となった。鈴村氏が言われたとおり、当社はまだテータの蓄積段階であり、何が経営戦略と連動する人的資本のKPIなのかを特定し設定できていない状況なので、今後継続して検討していきたい。 経営陣全員で人材戦略についてもっと深い議論を行うことが必要と感じた。有価証券報告書への記載もあり、恐らく当社史上初めて、経営会議で人材戦略に関する議題を取り上げたが、事務局としてまとめた内容を報告し、少し意見を出したら、形式的に承認というようなスタイルではいけないと再認識した。 「しっかりとした経営戦略なくして人事戦略はない」というのは、そのとおりだと感じた。 「まずは経営(経営戦略)」おっしゃるとおりだと感じ、姿勢を正しながら聴講した。 「経営戦略と連動する人材戦略」と言いながらも、経営戦略の何に対して、人材戦略の何がどう繋がっているのか、その問いに明確に答えられるような、きちんとしたストーリーを語ることが出来るようにしていかなければと再認識した。 人的資本情報の開示やKPIの設定など 当社が抱える課題を取り上げて頂き、たいへん参考になった。 日本総研の下野氏が当社の名前を挙げていただき、大変ありがたく思った。現在、本業が厳しい環境にあるが、経営戦略と人事戦略の連動、またタレントマネジメントの考え方や必要性について改めて理解が深まった。 各社とも苦しんだ1年だったということが、よくわかった。具体的な企業事例も聴きたいので、次回の後編のセッションにも期待したい。 -
登壇者の感想は・・・
慶應義塾大学大学院 岩本 隆 氏
「パネリストの皆様からの様々な切り口からのコメントが議論を補完し合えて、私自身の良い学びにもなりました。人的資本経営は、あくまで「経営」であることが、全体の議論を通して一貫していたかと思います。2023年は人的資本「経営」の良いスタートが切れた年であり、先進企業事例も出てきており、2024年は裾野の拡がりを期待しています」ニッセイアセットマネジメント株式会社 井口 譲二 氏
「人的資本の開示に焦点があたりがちですが、重要なことは開示ではなく、企業価値の向上をめざした人的資本活用の態勢整備だと考えていますし、それは一朝一夕にできるものではないとも思っています。じっくり、慎重に、態勢の整備を行う必要があります。出来るところからやっていくという意識が大事だと思っています」株式会社日本総合研究所 下野 雄介 氏
「人的資本経営の進化・深化に向けては様々な課題がありますが、まずは事業・機能戦略に基づいた「解像度の高い」人材戦略の策定に挑戦する事。そして、この人材戦略についての従業員との対話に取り組む事が第一歩になると考えます。本日の公開講座が、皆様の会社の人的資本経営の充実に向けた一助となりましたら、幸いです」株式会社プラスアルファコンサルティング 鈴村 賢治 氏
「『人的資本時代において、人事は人事データの民主化を推進して自らも使いこなすことが当たり前になる役割の変化が必要』という点への共感が、最も高かった印象を受けました。弊社はタレントパレットを用いて、今後も多くの企業の持続的な成長に向けて、人材の可視化だけでなく、可視化したデータの活用を支援してまいります」株式会社パソナHRソリューション 石田 正則
「人的資本の情報開示が、この一年進みましたが、まだまだ「準備元年」。多くの企業が「人的資本経営とは?」に向き合い、重要課題が人材戦略・経営戦略に連動しているか?独自性は?その連動は具体的に可視化できるか?運用と改善をベースにしたデータの仕組みになっているか?一番近い存在である従業員との対話は?等々、試行錯誤中です。人材戦略や人事の仕組みを改定することも前提に、一歩一歩着実に進めることが大事だと思います」