ホームセミナーセミナーレポートダイバーシティ研究会 2023年6月28日

セミナーレポート

ダイバーシティ研究会

多様性尊重社会のキーワード 「ニューロダイバーシティ」
~ヒトそれぞれの違いにどう向き合うか~

Neurodiversity at Work株式会社 代表取締役 村中 直人 氏

このセミナーの案内を見る

neuro(脳・神経)と diversity(多様性)。この2つの言葉から生まれたニューロダイバーシティ(neurodiversity)は、脳や神経に由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉え、相互に尊重し、社会の中で活かしていこうという考え方であり、ダイバーシティ経営を考える上で新しい、けれども本質的な概念です。
企業がニューロダイバーシティ推進を実践することは、そこに働くあらゆる人の生きやすさ・働きやすさに繋がる可能性を秘めており、大いに注目すべき成長戦略として、近年海外企業を中心に関心が高まっています。
今回は、Neurodiversity at Work(株)代表の村中直人氏をお迎えし、ニューロダイバーシティに関する最新情報や取り組みを紹介していただきました。以下は講演の要旨です。

1.ニューロダイバーシティとは何か

ニューロダイバーシティは、1990年代後半に、自閉スペクトラムの成人当事者によって生み出され、社会運動の中で育まれた言葉であるという歴史的背景があります。各地域やコミュニティで孤立していた彼等が、インターネットを通じて互いに共感し理解し合える同種の仲間と出会うことが出来たことをきっかけに、自身が孤立しているのは社会的な押し付けによる弊害が大きいのではないかと考え、ニューロダイバーシティを旗印に社会運動を起こしました。彼らはこのニューロダイバーシティという言葉に、「人の脳や神経、認知のあり方や特徴の違いを多様性と捉え、理解し尊重すること」という思いを込めました。
ニューロダイバーシティは、発達障害(特にASD)の単純な言い換えではありません。発達障害と呼ばれる現象を何とか「肯定的・前向き」に表現するためのリフレームの概念ではなく、脳や神経由来、認知のあり方、感じ方から人の多様性を理解しようとする「人間のパラダイムシフト」であることを最初に押さえてください。ニューロユニバーサリティ(神経普遍性)はニューロダイバーシティ(神経多様性)の対義語にある言葉で、前者は「“人間なのだから、だいたい皆同じ”という発想」で、後者は「”人間なのだから、一人ひとり違うはず”という発想」で社会を作る考え方です。また、ニューロダイバーシティには2つの側面があり、ひとつはマイノリティの人権擁護を求める”社会運動”としての側面で、狭義のニューロダイバーシティと言えます。もう一方は、人間を理解する眼差しの基本発想(パラダイム)としての側面で、あらゆる人にとって「個別最適化された社会」の探求を意味する広義のニューロダイバーシティです。私たちは皆、ニューロダイバース(神経多様者)です。なぜなら、地球上には全く同じ人間はいないのですから……。

2.ニューロダイバーシティ視点の人間理解

① 人の能力の多様性と相対性を理解する
脳の役割分担は非常に細かく、「見る」という行為ひとつとっても、物体や空間を認識する回路は異なり、顔・身体・場所(風景)の認識も、各々脳の異なる場所で行われています。このように「形」「色」「動き」などの要素が、脳内の処理では孤立しており、どのようにそれらを結び付けているのかということは、実はまだ解明されていません。このことからも「これは出来るのに、これが出来ないはずがない」「これは出来ないから、これも出来るはずがない」という考えは単なる思い込みに過ぎないのです。ニューロダイバーシティの視点では、人間の能力は文脈に依存する極めて相対的なものであると言えます。

② 脳や神経の違いが「感じ方」や「価値観」に与える影響を理解する
脳や神経に由来する違いは、その人が「何を美しいと感じるか」「何に関心を向けるか」「何をどう感じるのか」に大きく影響を与えます。それはその人なりの「価値観」や「行動規範」を生み出していきます。ニューロダイバーシティでは、このような違いを脳や神経由来の「文化」の違いと表現しています。例えば、脳内報酬系回路という視点では、時間割引効果に関して、現在からの時間的距離は報酬価値の主観的評価に関わっている場合が多いことが知られています。報酬総量の最大化を重視する人は、今より”将来の報酬総量”を重視する価値観を持ち、予測可能性が高い環境に向いています。一方、報酬遅延時間の最小化を重視する人は、報酬が”確実に得られる”ことを重視する価値観を持ち、不確実性が高い環境に有利とされています。
ニューロマイノリティ(少数派)の視点では、コミュニケーションが上手くいかない、孤立してしまうといった生きづらさに繋がる可能性は確かにあるかもしれません。果たしてそれは、能力の欠如した「障害」なのでしょうか。

3.「働く」×ニューロダイバーシティ
ビジネスにおけるニューロダイバーシティという観点で、日本では世界的企業の「自閉スペクトラム人材の採用と活用」という文脈で紹介されて来ました。先陣を切ってその活動に取り組んだSAP社では、4年で予想以上の大きな成果をあげ、世界的に注目されました。ニューロダイバーシティの流れは日本にも来ており、2022年には経済産業省のホームページに、ニューロダイバーシティ推進に関する記事が掲載され、この流れを汲み、本年2月には経済産業省主催のイベントに私も登壇させていただきました。ビジネス領域におけるニューロダイバーシティの認識も、ここ1~2年で一気に広まって来ました。一方で、西洋型のニューロダイバーシティには限界と課題もあると考えています。ニューロマイノリティ人材を労働市場へ「インクルージョン(包括)」する発想や方向性は、対象となる人にとっては必要な取り組みである一方、特別な才能を持つ「優秀なマイノリティ」だけが恩恵を受けるとの批判が生まれて来たことも事実です。ニューロダイバーシティ本来の意味から考えると、これだけではまだ限定的なのではないでしょうか。
ニューロダイバーシティは、ほぼ実在しない「平均人」の幻想に対するアンチテーゼであり、実態に即した社会のあり方を問うものです。人間はそもそも非常に多様であり、平均的な脳など存在しません。私たちは、平均人発想の「レンガモデル」から脱却し、人の多様性を尊重した「石垣モデル」の発想へと転換していくべきです。

組織のダイバーシティのパラダイムには、次の3つの段階があります。
① 差別の禁止: 組織メンバーの多様性は高まるが、「私たちは皆同じであるべき」といった同質化圧力が生まれるリスクがある。
② 同質性の活用: 顧客側の多様性に合わせた人員配置によるメリットは享受する一方、「違い」が強調されすぎることによる縦割りや分断の弊害リスクが高まる。
③ 特異性のシナジー: ダイバーシティ推進の終着点。「私たちはそれぞれ違っているから良い」という認識がチーム内に強く共有され、シナジーが生まれている。
これはニューロダイバーシティとして主張されている内容と親和性が高いと言えます。
ハーバードビジネススクールの研究によると、極めて価値の高いイノベーションは、多様性の高いチームからしか生まれないことがデータで示されています。それは多様性の高いチームこそが集合知(複数人によって生み出されるインテリジェンス)が高く、その集合知こそが恩恵を生み出すからです。ダイバーシティにおいては、組織やチーム内の集合知がどれだけ発揮されているかどうかが非常に重要になります。多様性は、表層レベル(人口統計学的多様性)と深層レベル(認知的多様性)に分けられますが、よりよい集合知は後者の認知的多様性の高いチームや組織から生まれます。認知的多様性は、「特性」と「経験」からなり、この持って生まれた「特性」がニューロダイバーシティです。これまでは、表層レベルの多様性を高めることで、結果として深層レベルの多様性が高まることを期待する流れが多かったように思いますが、ニューロダイバーシティは人間の認知的多様性や特性を捉え、チームの革新的な組織づくりに反映していこうとする考え方だと思います。
また、多様性の高いチームからしかイノベーションは生まれない一方で、多様性が高まる程、イノベーションの平均値はむしろ低下してしまうこともデータとして示されています。これは、排除の論理や葛藤の高まり等から来る心理的安全性の危機が起こりやすいことが原因です。このことからもビジネスにおけるニューロダイバーシティでは、「認知的多様性」とそれによって脅かされる「心理的安全性」の両立を、いかに高い水準で組織の中に生み出せるかが非常に重要であると言えます。

4.日本型ニューロダイバーシティのススメ

労働市場にニューロマイノリティの方々に入って来てもらう取り組みは大切である一方で、そもそも今働いている私たちの多様性も大切なのではないでしょうか。
働く大人たちの中にすでに存在している脳や神経由来の多様性に着目し、ウェルビーイングや競争力の源泉にする”Neurodiversity cultivation”を提案したいと思います。この”Neurodiversity cultivation”を進めていく上で大切な、以下の5つを問いたいと思います。
① メンバーの内側に存在する「違い」や「レアリティ(希少性)」を優劣の文脈なしに説明出来るか。
② 「違い」や「レアリティ」が相互に尊重される価値観は存在しているか。
③ 「違い」や「レアリティ」に合った柔軟な役割分担や働き方を実現出来ているか。
④ 「石垣人材」と「レンガ人材」が貢献度に応じて等しく評価される評価制度になっているか。
⑤ メンバー間の「違い」や「レアリティ」が交わることによるシナジー効果が生まれているか。
ニューロダイバーシティを進める上では、”accommodation”が大切なキーワードとなります。もてなしや調整とも訳されますが、働く一人ひとりが最大のパフォーマンスを発揮するための個別最適化の取り組みのキーワードです。「Rules:ワークスタイルに合った勤務条件」「Roles:認知特性に応じた役割分担」「Spaces:五感に適した働く環境」この3点において“accommodation”が進むにつれ、”Neurodiversity cultivation”の問いも全て”Yes”の方向に進んでいくはずです。
ニューロダイバーシティを推進するための組織としては、まずaccommodationの重要性を役員レベルで認識し、責任を負うことが大切です。例えば、アコモデーション担当役員(Chief Accommodation Officer)を置き、社内のマイノリティグループ(ERG:エンプロイーリソースグループ)を直下に配置し運用することで、これまで活用されていなかった制度の運用や、サポート・スポンサードが可能になるのではないかと考えています。この様な取り組みによって、組織内の”Neurodiversity cultivation”が一気に進んでいくのではないでしょうか。

ニューロダイバーシティは、多様性が「ある」か「ない」かの議論ではなく、多様でないものを「多様にしよう」という運動でもありません。「事実」として存在している「脳や神経由来の人の多様性」と私たちがどう向き合っていくのかが問われているのです。

◎研究会を終えて

  • 研究会の内容は参考になりましたか
    (参加者アンケート結果から)

    グラフ
  • 参加者の意見・感想は・・・

    認知的多様性を高めることがイノベーションが起こる組織に繋がるというお話が、大変勉強になった。男性脳や女性脳など、まだまだ脳や神経由来の多様性とはかけ離れた解説をしようとしていたなと反省すべきところが多かった。弊社では、まずアンコンシャス・バイアスの研修を進めることで、多様性の認知を進めていきたいと考え、現在取り組んでいる。それが正解なのかどうかはわからないが、まずはできるところからということで。レンガ人材と石垣人材が等しく貢献度に応じて評価される評価制度は、我々の組織でも目指すところだと感じている。悩み深い部分は多いが、皆さまと共に、少しずつ取り組んでいきりたい。 普段障がい者福祉の領域で仕事をしているが、ビジネス領域でニューロダイバーシティがどのように受け止められているのか興味があり、今回参加した。今日のお話はまさに、今の日本のビジネスシーンでの課題そのものなのだろう。一人歩きしてる感のある「ダイバーシティ」という言葉を、一人ひとりが受け止め直さなければいけない。それはもしかしたら、我々のような福祉領域にいる人間にも責任のあることかもしれない。村中氏が言われたように、多様性のある社会を構築するというのは、異文化交流に近いと思う。異なる文化を有する人間がわかり合うためには、お互いのことを理解することしかなく、そのためには対話をすることに尽きると思う。残念ながら、マイノリティの方たちが拒絶するケースも多いかもしれない。それは過去に散々傷つけられてきた経験からくるものかもしれない。「チーム」というと、日本では「団結」みたいなイメージが強いかもしれないが、もう少し緩い繋がりを是とするようなそんな文化が根付いて来れば、より多様性は担保しやすいかと思った。企業でも団結心があった方が評価に繋がりやすいというようなことはあるのではないか。 非常に参考になったが、私自身の前提知識が少なく、理解しきれなかった部分もあった。村中氏の著書も読んでみて、理解を深めたい。 ニューロダイバーシティそのものをよくわかっていなかったので、大変参考になった。今後の人事施策のヒントもたくさんいただいたし、資料の最終ページにあった組織体制は、私たちもいつか実現してみたいと思った。 恥ずかしながら、人事の分野と多様性の分野についての知識が十分でない状態での参加となったが…お話に聞き入ってしまった。「レンガ」と「石垣」の例は、とてもイメージが湧きやすかった。「同じものを見ても、人によって視点が違う」「個人の目標達成のために、企業は達成方法を柔軟に用意できるかがポイント」というところは、とても印象に残った。 多様性がどのようにして組織のパフォーマンスに結びつくのか?という点がクリアになった。一方で多様性が高まることを放置すれば、コミュニケーションギャップが生まれて(認知の違いがあるが故に)心理的安全性が低下しかねないため、ここにマネジャーが組織のインクルーシブネスを保つか、弛まずに注力する必然性があるということも腑に落ちた講演だった。 神経学的アプローチから、ダイバーシティの本質を再認識する機会になった。ノーマの幻想、レンガモデルと石垣モデル、accommodationといったキーワードが印象的だった。 新しいトピックで大変学びが深く、一般的なDEI活動に対しても多くのヒントを貰った。最後におっしゃっていた異文化コミュニケーションとニューロダイバーシティの関係についても、もっと深く知りたい。 見える違いと見えない違いは異なる認知であり、後者は個人の内側にある複雑な認識、外部環境が絡んでいると思い、村中氏の著書を拝読していた。質疑応答の時間に「パーソナリティはニューロダイバーシティであるか」という質問への回答にあったように、個人の違いをパーソナリティと捉えるのみならず、パーソナリティに見えるその瞬間の言動は、文化的文脈から構成されると捉えるには、まだまだ時間がかかるように思う。心理的安全性の場づくりに加え、自己の言語化も同時に重要であり、並行して進めていきたい。非常に内容が充実したセミナーで、参加者を飽きさせない工夫もされており、知識の整理と新たなインプットができた貴重な機会だった。 “企業に潜り込んだ発達障害当事者”として、とても参考になった。多様性さえ確保すればいいのか → No。イノベーションの平均値は下がる(失敗は増える)ときちんと説明されていたのが特に好印象。分かり合えない人間同士でチームを組むだけでは、コミュニケーションのマイナスが大きくなかなかうまくいかないという現実は大切だと思う。また、西洋型ニューロダイバーシティで天才を発掘するという考え方は性的指向の話とも通じるところがあると思う。「ゲイだから優秀なんだと思ったのに」みたいな悲しい事例にならないように、日本全体の認識がアップデートされるとうれしい。 もともとの参加の動機は、発達障がい者の採用とインクルージョンだったが、深層での多様性の創出が神髄であり、それをどう企業内で創出していくのかを皆でディスカッションし、具体化できればと思った。 ニューロダイバーシティが、単に発達障害者の採用を意味するものではなく、全ての人がその当事者であるという考え方をご教授いただき、ダイバーシティの本質と捉えることが出来た。まずは人事部門からこの考え方を共有して、社内にも浸透させていきたい。違いの共有化などの難しい点はあるが、チャレンジしていきたいと思った。 トレンド的にダイバーシティを追うだけでは見失いがちな、多様性を高めることの意義に立ち返ることができた。会社の経営層・マネジメント層全てに理解してほしい内容だった。 とてもわかりやすい講演に聴き入った。村中氏の著書もぜひ拝読したい。貢献度に応じた評価制度が広まれば、もっとたくさんの人にチャンスが巡ってくるのではないかと思った。また、子供たちへの教育の話ももっとお聞きしたいと思った。 ダイバーシティの本質を理解できた気がする。女性、外国人、障がい者を入れたら、ダイバーシティが進むわけではなく、一人ひとりがそもそも違うんだ、という認識に立ち、活躍の場を作っていきたいと思う。 D&Iの本質を突いた大変興味深いお話で、今後の評価制度の構築や組織文化・風土の醸成にあたり、多くのヒントをもらえた。 大変勉強になったし、大いに共感するところがあった。表面的なダイバーシティと認知的ダイバーシティに整理し、データをもとに示して頂いたが、大変説得力があるアプローチだと思った。ぜひ今後第2弾として、今回のテーマをさらに掘り下げた内容、または異なる視点からの講演もお願いしたい。 村中氏のお話にあったように、ニューロダイバーシティというと、発達障害の方の中で優秀な方を登用するという話を聞くことが多く、違和感を覚えていた。そうしたキラキラした話の外にいる方たちをどうフォローしていくか、引き続き考えていきたいと思うし、ヒントをもらえるようなセミナー等があればありがたい。
  • 登壇者の感想は・・・

    Neurodiversity at Work株式会社 代表取締役 村中 直人 氏

    Neurodiversity at Work株式会社 代表取締役 村中 直人 氏

    「ニューロダイバーシティは、少数派や特定の誰かのためだけはなく、あらゆる人の働き方の個別最適化に繋がる話です。日本でも、この言葉が近年にわかに注目を集め始めていますが、誤解や誤用も多くあり、本質的な議論はこれからです。そのような時期に、今回のような貴重な機会を頂けたことを深く感謝しています」