経営戦略と連動した人材戦略の策定と実行に向けて
コーン・フェリー・ジャパン 日本代表 滝波 純一 氏
このセミナーの案内を見る今回の公開講座は、本年(2023年)の通年テーマである『人的資本経営の実践と人的資本の最大化』のキックオフ・プログラムとして、コーン・フェリー・ジャパンの滝波代表をお迎えし、「人的資本経営」の1丁目1番地である「経営戦略と人材戦略の連動」について、様々な視点から掘り下げていただきました。以下は講演の要旨です。
人的資本経営に関する問題意識は、日本に限らず世界規模に拡がっています。
「今日の経営幹部の大半は、人材こそが競争優位を生みだすことを理解しているが、企業が使っている人事制度は一世代前の遺産である。(中略)企業は新たな手法で人材を活用し、人材が戦略を主導しなければならないのだ」(“Talent Wins”前書きより)。
本日の講演では、人的資本経営の実践に関するテーマのうち「人材ポートフォリオ」を組み立てる際の要点と、それを推進する要となる人事部門に求められる役割を中心にお話しします。
1. 人材ポートフォリオを組み立てる際の要点
人材版伊藤レポート2.0では、5つの共通要素の1つめに「動的な人材ポートフォリオ」を位置付けています。人的資本経営を要約すると、「経営戦略を起点として、どんな人材が、どれくらい不足しているのかを解き明かし、ギャップを埋めるための各種の取り組みを連動的に実践すること」であり、人材ポートフォリオは全ての活動の出発点になると考えます。個々の施策ではなく、人材ポートフォリオを出発点にすること。手段と目的を間違えてしまうと、経営戦略と人材戦略の連動が上手くいかなくなります。
一般的に人材ポートフォリオとは、企業がビジョンや戦略を実現するために必要とする人材を予測分析したものです。どんな「質」(能力・スキル・経験)を持った人材が、どれ位の「量」(人数)で必要なのかを定義し視覚化します。同質性によって類型化したタイプごとの人材要件と必要数を見積もることで、先々の人材に対する需給バランスの崩れ(ギャップ)を明らかにし、配置展開やリスキル、採用などの打ち手を講じることが可能となります。事業のトランスフォーメーション・イノベーションの推進・真のグローバル化・労働人口の構造変化等の観点から、また日本の労働法的制約等もあり、“今いる人材をできるだけ活用する”という観点からも、特に日本企業においては人材ポートフォリオの検討が求められています。
人材ポートフォリオを組む上で重要な点は、以下の3点です。
① 網羅性を重視するのではなく、焦点を絞って始める
人材ポートフォリオは、将来的な人材の需給バランスを適正化することが目的です。最初から全て(全社/全社員)を対象に網羅的に実行しようとすると、人材の要件定義に膨大な時間がかかり、取り組みの効果も薄れるため、質と量の両面で人材不足が特に見込まれる部署や階層等を優先的に検討の対象にすべきです。
② 正確性を期すのではなく、わからないものは割り切る
人材ポートフォリオを組み立てる上での前提条件が全て揃っているケースはほぼないと思われます。必要な人材の質と量を割り出すための情報が不足している場合、わかる範囲で人材の要件を考え、最初は必要量の検討は保留にする等もひとつの方法です。そして今後に向けて人事部門と事業部門との連携を深め、事業戦略や計画のアップデートを即座に人材ポートフォリオに反映できるような体制を築いておくことが、現実的な対処策だと考えます。
③ 外形的な要素の定義ではなく、新しいタイプの人材こそ内面的な要素に光を当てる
ビジネスモデルが確立している既存事業のような安定的な環境で求められる人材は、スキルや知識・経験といった要素で捉えていくことが効率的である一方、新規事業等の不確実性が高い環境下では、思考特性・行動特性・性格特性・動機等、内面的な要素が極めて重要となります。実際に、技能やスキルが重要視されているデジタル人材では、性格特性や動機といった内面要素が成功する人材の共通項であることがデータからも読み取れます。
2. これからの人事に求められること
人事戦略を策定し実行するために、人事部門には以下の3点が求められると考えます。
① 人事トップの戦略的役割の強化(CHRO化)
人事は企業における要であるものの、これまでは人事管理業務が中心となっていた企業も多いのではないでしょうか。それでは「計画管理」的な要素が強く戦略性が弱い上に、戦略と人事制度や施策との分断が起きやすいのです。今後、人事トップは、経営メンバーの一員として、経営戦略の策定に関与すると共に、人事戦略を組み立て、経営・事業の方向性に即した人事制度・施策を企画し運営に落とし込むことが重要です。
欧米の先進企業では一般的に、CHROに「人事戦略の策定と遂行」「組織文化の醸成」「適材配置」「労働環境の整備」「エンゲージメントの向上」の5つの役割が課せられています。
② 戦略との連携強化に繋がる人事部体制の再編
人事機能の戦略性を高めつつ、円滑な実務運用も実現するため、人事部門を総合的な戦略機能(CoEとBP)と実行機能(EXP)に機能分化させる必要があります。各部門の主な役割は、以下のとおりです。
・CoE(センターオブエクセレンス): 経営戦略パートナー・全社人材戦略策定や推進 等
・BP(ビジネスパートナー): 事業戦略パートナー・人材活用推進者・全社人事の中継役 等
・EXP(エキスパート): 実務推進者・機能専門家・効率向上推進 等
③ 人事メンバーのスキル再獲得
これまでは人事業務を確実に遂行するスキルが必要でしたが、今後は、戦略と事業を起点に人事課題を解決できる人材が求められます。そうなると、事業に対する理解もこれまで以上に求められ、組織・人材マネジメント理論やテクノロジーを活用するスキルも必要です。実際に、当社が実施した調査によると、人事部門に欠け、求められているものとして、「事業・経営戦略への理解」「戦略を実行に移していく能力」が多く挙げられています。また、CHROに求められる最も重要なコンピテンシーとしては「曖昧さへの許容」が最も多い結果となっています。これは世の中の変化に伴い、経営的にも変化が求められるため、曖昧な環境の中でもしっかり変革を推進していくことが、人事部門にも求められるからだと考えます。
本日ご紹介した内容には、各社の中で既に取り組まれていることも多々あるかもしれませんが、改めて自社の現状と取り組みを再点検していただき、皆様の企業における人的資本経営の実践、そしてその結果としての企業価値の向上に繋げていただければと思います。
滝波氏からは講演内においていくつかの企業事例もご紹介いただきました。また講演後には、参加者から寄せられた多くの質問にも全て丁寧にお答えいただき、講演は終了しました。
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参加者の意見・感想は・・・
人的資本経営に着手したいと思いつつ、非常にハードルが高いと思っていたので、本日重要な点を3つ教えていただき(領域を特定する、わかる範囲から、内面的な視点を)、まずはここからスタートしたいと思った。 人的資本の開示義務化に向けて社内で議論があったため受講させていただいたが、弊社内の検討メンバーにも今後こうしたセミナーを受けてもらいたいと思った。 人事部の果たすべき役割や重要性について再認識できた。 人材ポートフォリオを策定する上での重要な3つのポイントを知ることができ、大変勉強になった。特に、人材の内面に焦点を当てること(サーベイ等)は参考にさせていただきたい。 人材ポートフォリオの作成に関して参考となる考え方や情報を多く知ることができた。 人材ポートフォリオが出発点となること、網羅的ではなく焦点を絞ること、あまり精緻なものは求めず、わかる範囲で決めること、知識・スキルではなく、内面(コンピテンシーや性格・思考特性等)を重視することなど、大変わかりやすく参考になった。 個別施策よりも動的な人材ポートフォリオが大事、人材の内面に光を当てるという点について、なるほどと思った。 動的人材ポートフォリオの考え方についてのお話が、大変わかりやすく腹落ちした。 人材に関し、既に科学的に立証された知見についての知識がないため、これから勉強したいと感じたが、そもそも、どのようなアプローチがよいのか調べるところから始めないといけない。 心理的サーベイを活用した動的人材ポートフォリオの組み立ては自分の視点になかったので、参考になった。 従業員が関心を持ち認知してもらうこと、経営陣やCHROからその意図や目的(経営戦略・事業戦略と人事戦略の連動性を高めていくことを主導するため)を発信し、全社で実践・仕組み化していくことが必要だと思った。当社では、一従業員として人事担当(の顔)を強く感じる時は、入社と退職のタイミングであり、配置・評価・育成は、現場任せの感があると思った。 具体的な企業の事例や人材の分析(活躍している人のタイプや特性)などが非常に参考になった。 とても有益なセミナーだった。特にキャリアオーナーとしてのマインドセットの必要性を感じたが、この点に、どうアプローチしたら良いか、これから悩ましい点である。 世の中的にも様々な変化がある中で、各事業部の戦略が変更になることが多かったり、人材の質が変わったりする中で、中長期的な人材戦略をどのように立てていくのがベストなのだろうか。 たくさんの質問にも丁寧に分かりやすくお答えいただき、より理解が深まった。大きなテーマだが、幅広い情報と考え方を吸収し、取り組めることから着実に進めていきたい。 講演内容にも増して、質問に対する丁寧な回答はとても解りやすく、いずれも腹落ちする内容で、大変有意義な時間だった。 人材ポートフォリオの基本的な考え方、表面的なスキル・経験だけに着目せず、内面の性格特性・動機にも目を向けた適所適材の実現等、大変参考になった。実は当社もその方向でタレントマネジメントを行う予定であり、近々に実施する段階にある。難しいのは設計したことを実行に移す時だと考えており、同じ悩みを抱える企業やその支援をされている企業と意見交換等させていただけると、とても助かる。 新規事業やあいまいな要件下でのプロジェクトのアサインでは、経験・スキルも大切だが、それ以上にパーソナリティやコンピテンシーと言った性格や行動特性が大切だということが、特に印象に残った。今後はより解像度の高い具体例を出していただきながら、人材の再配置の成功・失敗事例を伺いたい。 -
登壇者の感想は・・・
コーン・フェリー・ジャパン 滝波 純一 氏
「参加者からいただいた多くのご質問やコメントから、経営戦略と連動した人材戦略の策定と実行に、問題意識をもって皆様が取り組まれていることを感じ、私も刺激を受けました。ありがとうございます。人的資本経営の実践に向け、我々もさらに皆様のお役に立てるよう、研鑽を重ねてまいります」