ミドル・シニアの行動変容を促す『総合的なキャリア支援』への取り組み
株式会社JTB 常務執行役員 人事担当(CHRO) 働き方改革担当 渡辺 健治 氏
NECライフキャリア株式会社 キャリアコンサルティングユニット ユニットマネージャー 飛田 泰秀 氏
出光興産株式会社 人事部採用教育課(兼)OFA推進グループ 山崎 正憲 氏
株式会社パソナ キャリアアセット事業本部 セーフプレイスメント事業部 マネージャー 服部 英輔
「ミドル・シニアのキャリア自律」に関する今回の公開講座は、キャリア研修やキャリア面談等を組み入れた、総合的なミドル・シニアのキャリア開発支援を行っている3社から、各々の企業の具体的な施策をご紹介いただきました。
【PART1】 キャリア開発・キャリア支援の取り組み事例紹介
1. JTBグループにおけるミドル・シニアのキャリア開発について JTB 渡辺 健治 氏
1)新型コロナウィルスとツーリズム産業
平和産業である観光業(ツーリズム産業)は、過去の歴史においても、有事災害や疫病により大きな影響を受けて来ており、今回のコロナ騒動は過去に例を見ない程に大変な状況を招きました。国内移動は早期に何とか回復してきましたが、国外・海外への移動はコロナ禍前の需要にまで回復するには、かなりの時間を要すると言われています。
そのような状況の中、JTBグループでは2020年7月に新たな経営方針を定めました。その中でも特に人事に影響を及ぼすのは、「”デジタル基盤”の上に”ヒューマンならではの価値”を生かす」ことと、「環境変化に即応するアジャイルで柔軟な企業体になる」ことです。当社では、持続的な価値創出の源泉は「人財(×人材)」であり、社員の成長・活力が企業グループや各事業の成長・変革を支えるという考え方にもとづき、「自律(×自立)創造型人財」をめざすべき人物像としています。また一方で、新型コロナウィルスの影響により、経営的な打撃を受けたことで、構造改革の一環として各種人事施策に取り組まざるを得ない状況ではありましたが、働く社員にとってのアフターコロナを見据えた多様な働き方に関する制度等をひとつひとつ整備して来ました。
2)ミドル・シニアのキャリア開発について
当社では2018年以降、「会社が社員を育てる」のではなく、「会社は社員一人ひとりの自己発揮・自己実現を支援する」ことを重要視する「キャリア改革」を推奨しています。また、社内育成プラットフォームである「JTBユニバーシティ」を設立し、集合研修やeラーニングなどの「学び」の機会を提供しています。「見える」→「学ぶ」→「実践する」→「評価する」というプロセスで、社員の成長につながるような人事制度を導入し、多様な学び・挑戦の機会を設けています。キャリア支援という観点では、上司と部下のキャリア面談とは別に、キャリアコンサルタント資格保有者が講師を担う同世代同士のキャリアデザイン研修や、人事担当との面談を実施しています。加えて、マネジメント層へのアプローチとして、上司向けキャリア面談サポートキット(プラス・キャリア)やセミナーの実施等、上司のマインドセットやスキルアップのための支援にも力を入れています。
当社グループでのキャリア形成の特徴として、①ツーリズム業界での経験・知見を活かしていただくこと ②複線型人事における専門人財のキャリア形成(ライン職にとらわれないキャリア形成)が挙げられます。全国に拡がる地方創生や観光産業の専門家として『観光人財プラットフォーム』の構築に貢献していただくことや、公募制度による配置転換・ジョブ型人事制度の整備などにより、社内人財からジョブ型人財を排出していく仕組みづくりを推めていきます。
2. NECにおけるキャリア支援のコンセプトと取り組み NECライフキャリア 飛田 泰秀 氏
1)これまでの取り組み「ライフタイムキャリア・サポート」
時代変化を背景に、社内外の様々な場で生涯に亙り専門性を発揮するためのキャリア支援策として、NECでは個人と会社がwin-winの関係性になることを目的とした「ライフタイムキャリア・サポート」を2002年に導入しました。当時より、節目の年齢での研修やアセスメントを受けられる機会を設ける他、NEC Growth Career(社内公募)制度での社内の新たなキャリアへの挑戦も支援してきました。
2)新コンセプトは「My Career Design」
「ライフタイムキャリア・サポート」が20年近くNECのキャリア支援制度として機能し定着してきた一方、社員のキャリアオーナーシップ醸成の観点からは、多様化した個人のキャリア観に焦点を当てた支援機能を設けることや、若年層を含めた継続的・連続的なキャリア支援体系に発展させるといった課題がありました。これからは個人・組織が共に、選び・選ばれることが必要で、事業戦略から必要なジョブを設計し、適材適所ではなく、適時・適所・適材による最適な人材配置が求められていきます。そうした中、2019年にNEC本体では、強い個人・チームを作るためのHR方針「挑戦する人のNEC」を打ち出しました。挑戦・成長・評価・環境をキーワードに、従業員に挑戦を促し、評価する場を設けることを明言したのです。その様な背景から、個人のキャリア形成を支援する事を主眼として「NECライフキャリア(株)」が設立されました。グループ内で唯一のキャリア開発支援の専門的機能を有する組織として、「高い専門性と長期の実践経験」「質の高い人材の安定的確保・育成」「NECグループとしての信頼」が当社の特徴です。社員一人ひとりが主体的に選択・行動していくことで、各々の社員が自分らしい生き方・働き方を実現してほしいという思いから、2020年より「My Career Design」を新コンセプトとしています。
3)「My Career Design」によるキャリア支援の取り組み
「My Career Design」は、人事制度とは少し距離を置き、きめ細かい研修体系を提供することで、社員一人ひとりがキャリアを継続的に考える仕組みとし、キャリアオーナーシップの強化を図っています。そのために、各世代の課題を踏まえ、気付きと行動変容に繋げる研修を設計する等、研修のみで終わるのではなく、ワークショップにキャリアアドバイザー面談と上司面談をセットすることで、キャリアを一歩踏み出していただくことをねらっています。早い段階から継続的にキャリアを考える機会として、「Career Design Workshop(CDW)」を提供しており、「事前ワーク」「ワークショップ」「フォローアップ」と継続的な構成にすることで、今後のキャリアを考えるステップを作っています。
4)今後に向けて
「多数のグループ社員に対するキャリア研修(CDW)の実施と、キャリア面談を展開するリソース・インフラの整備」が今後の課題であると考えており、そのために経営・マネジメント層への提案・働きかけを強化し、社員のキャリアオーナーシップを高めたその先にあるキャリア支援の新しいスタイルを模索していきたいと考えています。
3.出光興産におけるセルフキャリアドック導入事例 出光興産 山崎 正憲 氏
企業理念としての「真に働く」と2030年ビジョン「責任ある変革者」にもとづき、当社では行動指針の中でも、個人並びに組織が成長していくことを目的に「自立・自律」を重要視しています。そして、一人ひとりが自律的にキャリアを描き成長につなげることを軸に、今年度から“セルフキャリアドック”を導入しました。自律的なキャリア形成のためには、上司との関係性が重要であると考えており、本人が学ぶだけではなく、向き合う上司に対しても様々な施策を用意しています。
■出光興産のセルフキャリアドック概要
「自律的キャリア形成支援の施策強化」「従来のキャリア研修からの脱却」「上司の対応力向上もめざし、受講後も各職場で継続した取り組みが出来るような環境の整備」という背景から、セルフキャリアドックを導入しました。厚生労働省による具体的な進め方をもとに、当社では①キャリアプランセミナー(世代別キャリア研修)とフォローアップ(キャリア戦略会議)②キャリアコンサルティング(社内設置)③上司向け面談力向上研修を実施しています。
①キャリアプランセミナー
“プロティアンキャリア”をキャリア理論のベースとしており、動画視聴と自己理解に関するワークの事前課題を経て、半日のオンライン研修、3回のキャリア戦略会議(追加知見の講義と意見交換会)を通し、内省・振り返りを通じた自己理解と、組織との関係性に目を向けてもらうことを目的としています。
②キャリアコンサルティング
研修受講者のうち希望者を対象に、1時間/1回で、キャリアコンサルタント資格保有者が面談を行います。この面談での行動計画実践の相談や助言を含めた支援を通じ、更に自己理解を深めてもらうことが目的です。
③上司とのキャリア面談
上司向けには、受講必須の講義と受講任意のロープレから構成される「面談力向上研修」を用意し、更にキャリア面談時には共通言語でのコミュニケーションを図るため、最低限確認すべき事項を明記した質問紙票を用意しています。自身のありたい姿やキャリア戦略を共有する上司とのキャリア面談を通じて、キャリアプランを踏まえた実際の業務で取り組むことの整理と理解を促します。
セリフキャリアドックを実施してきた効果ですが、従来の研修とは異なり初回の研修終了時には今後の計画である「キャリア戦略」を立てることの難しさに、少し戸惑いの声も見られたものの、3回の戦略会議を通じてキャリア自律について理解が深まってくることが分かってきました。
今後は、新たに浮き彫りになった課題等から、更に内容を充実させると共に、講師や受講者の対象層を拡大し、社内での認知度を上げていきたいと考えています。
【PART2】 トークセッション: ミドル・シニアのキャリアの行動変容を促す『総合的なキャリア支援』
【パネリスト】
JTB 渡辺 健治 氏・NECライフキャリア 飛田 泰秀 氏・出光興産 山崎 正憲 氏
【モデレータ】
パソナ 服部 英輔
3氏の講演に続いてのトークセッションでは、各社の取り組みについてより深くお話を伺うと同時に、“行動変容を促す”という観点からの様々なヒントをいただきました。
Q1.『キャリア支援の制度等を導入する過程で、経営者とのコミットメントや社内への周知等、苦労された点・工夫された点・裏話等を教えてください』
●山崎氏:上層部が元々問題意識や危機意識を持っていたことや、人事部長もキャリアコンサルタント資格を取得していた等の背景もあって、当社の場合は比較的取り組みやすかったと感じています。
●飛田氏:従業員一人ひとりを支援する会社を人事部門とは別に立ち上げたという点が、新たな施策を打ち出すにあたって非常に大きなメッセージとなりました。トップ層の理解があり、かつ私たちがこれまで培った力を発揮できる環境があったということも良かったと思います。
●渡辺氏:社長から従業員へメッセージを発信する機会を多く設けました。また、セルフキャリアドックの施策については、ビデオメッセージ等で人財育成に関する方針や概念をしっかりと伝えることを意識して来ました。また、対象者の面談を人事主体で行うことに警戒されることを防ぐため、人事にはキャリアの概念や背景をしっかりと説明し、一人ひとりのキャリアステップが繊細なため、丁寧に対応するよう、心がけてもらいました。
Q2.『キャリア支援を体系的且つ継続的・連続的に導入し発展させていった結果、社員の意識改革には一定の成果が徐々に出て来たようですが、社員のキャリア成長のための行動変容に繋げていく観点からの工夫等があれば、教えてください』
●山崎氏:単発の研修で終わらず、その後の3ヵ月にわたる戦略会議と称するフォローアップを行なっていることが、行動変容に繋がるものと考えます。実施後のアンケートからも、研修当初は少しネガティブに感じていた若い社員も、フォローアップ後には「自己理解が深まり、今後何に取り組みたいかを考えるきっかけとなった」という声や、「上司の態度が変わった」というポジティブな声に変わっており、効果があったと感じています。
●飛田氏:今年度より、NECから外部の企業等へ移られた方を招き、転身に至る話を聞く機会や、社内の人材公募を受け転換された方や、その後評価を受けた方から、お話をいただく機会も設けました。実際に生の声を聞いてもらうことで、一歩踏み出してもらうきっかけになればと考え実行しています。
●渡辺氏:JTBユニバーシティで推進している施策のひとつとして、人財交流制度(公募)があり、数年前から重要視しています。様々なキャリアステップに対する公募を拡充させており、上長からの人事異動の考え方を人事がキャッチアップして進める従来の人事異動だけではなく、各々の社員が自身のキャリアについて考えることが出来る良い仕組みであると感じています。
Q3.『主体的な行動変容という観点から、キーパーソンである管理職や社内キャリアコンサルタントが間に入って、個々の社員のエンゲージメントに繋げていくにあたり、何か工夫されているポイントがあれば、教えてください』
●飛田氏:当社のキャリアアドバイザーは上司の替わりという立場ではありません。職場で出来ない話等を守秘義務を持ちながら、しっかり聞いてくれる第三者がいることは安心材料であり、非常に心強いと思います。面談の際には、自社に残るか残らないかといったバイアスは一切かけずに、本人の意思を尊重しており、最終的には上司としっかりお話していただくよう、お伝えしています。
●山崎氏:上司向けの面談力向上研修では、主人公が誰かということや、対話の目的・ゴール等を整理してあげること、また「~すべき」論ではなく、部下がキャリア自律することで、上司自身が楽になり評価を受けるということもお伝えしています。
●渡辺氏:当社では、キャリア面談の際に上司が活用出来るツールを、社内のイントラネット上に用意しています。また目標設定に応じた評価者面談の中間チェック時には、部下のキャリアに対しての面談を職場で設けてもらっており、プラスキャリアを使用しながらPDCAを回しています。
Q4.『ミドル・シニアの方のキャリア意識や行動変容が変わった具体例等があれば教えてください』
●飛田氏:研修と面談の前段階で、これまでの人生を振り返ってもらうライフラインチャートを書いてもらう機会を設けています。同世代の方々とのグループ討議を通じ、自身とは違う生き方がある事を知っていただいたうえで面談に臨んでもらいます。一方、気付きからの行動変容は、一人だけの力では難しいため、その為の施策を充実させていく必要があると考えています。
●山崎氏:当社では、ミドル・シニアの行動変容はこれからではありますが、会社の中だけではなく退職された後もイキイキと頑張っていただくための施策を、これからの課題として取り組んでいきたいと考えています。
●渡辺氏:これまでの培った知見や経験を将来どう活かしていくか。会社として用意したテーブルだけではなく、会社を離れても観光業の知見を活かしていただくことも視野に入れています。様々シナリオを社員の皆様に提示しながら、社内だけでなく社外でも転換出来るような領域を含めて、自社出身の人材が活躍出来る土台を作っていけたらと思います。
◎公開講座を終えて
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公開講座の内容は参考になりましたか
(参加者アンケート結果から) -
参加者の意見・感想は・・・
各社のキャリア支援方針と社員自らのキャリア形成と行動変容を促する活動について具体的な方策を聴け、たいへん参考になった。ミドル層からではなく、若年層からの継続的なキャリア支援と教育の実施、上司の面談スキルアップの教育などが重要であると感じた。 当社でも、キャリア意識醸成の先にある行動変容と上司の関わり方が課題なので、大変実践的な示唆を頂いた。 三社三様の興味深い内容だったが、運用で取り入れられるものは当社でも是非取り入れていきたい。 各社それぞれのキャリア支援の考え方、施策について共有頂き、とても具体的でわかりやすく参考になった。特に各社とも全世代向けに体系的で継続的な取り組みとなっている点が素晴らしいと思った。また社内でキャリコン資格者の体制およびセミナーの内製化などに力を入れている点にも刺激を受けた。 会社側、責任者、本人の3者一体での取り組みが、とても重要だとわかった。 NECの事例はグループのシェアード機能でキャリア支援を行なっており、各社の足並みや制度をどのように詰められていったのか、興味深い内容だった。 当社の取り組みは、まだまだ先のことで、本日のセミナーはとても勉強にはなったが、当社から見ると雲をつかむような話ばかり。焦る気持ちを通り越し、みんなすごいなぁと、ただただ感服するばかりだった。 当社では、何となくキャリア自立を進めていかなければと考えながら、何もしておらず、手法もわからない状況だったので、他社事例を聞くことが出来て非常に勉強になった。当社も体系立てて、導入していきたいと思ったので、多方面から考えていきたいが、同じようなことが勉強できる機会があればまた是非参加したい。 当社は、シニアの活用(業務・処遇・キャリア面談の制度等)について、基本的なポリシーから経営層とこれから議論していく段階であり、まだまだ着手まで時間がかかると思うが、今後また、整備途中の中堅企業の事例などもご紹介頂けるとありがたい。 他社のミドル・シニア層へのキャリア開発の状況を知り得たことは良かった。キャリコン資格取得者の活用の仕方や具体例をもっと聞ける機会があれば、また参加してみたい。 セルフキャリアドックの導入は、キャリア自律においては大事だと思うので、まずはどうにかしてキャリア面談の体制を整え、セルフキャリアドックを導入したいと思っている。上司向けの研修内容を詳しく知りたい。 キャリアデザインの必要性を、従業員に自覚してもらうための取り組みや、その工夫(制度やパッケージなどの導入)が参考になった。セカンドキャリア(定年退職後のキャリアデザイン)についても、今後取り上げて頂きたい。 -
登壇者の感想は・・・
株式会社JTB 渡辺 健治 氏
「NECライフキャリア様の『My Career Design』の中での20代~30代の持続的なキャリア支援の必要性や、出光興産様のセルフキャリア構築の中での「自己理解を深める」ことの重要性など、非常に共感する内容として伺いました。社員の自己理解の促進と、その先の行動変容を促す仕組みづくりに、今後もしっかり対応していきたいと再認識しました」NECライフキャリア株式会社 飛田 泰秀 氏
「JTB渡辺様の「社員の成長スパイラル」、出光興産山崎様の「プロティアンキャリア」に基づくキャリア研修など、各社それぞれの環境に即した効果的な取り組みから、私自身も新たな視点を頂きました。パソナ服部様には効果的なファシリテーションをして頂き、ご参加の皆様からの活発なご質問に繋げて頂いたことを改めて感謝申し上げます」出光興産株式会社 山崎 正憲 氏
「キャリア支援の施策や制度全般を網羅的にご説明頂いたJTB、NECライフキャリア両社様の取組みは、当社にとっても大変参考になりました。社内の体制整備や担い手の強化(数・質)と同時に、現在の取り組みを加速させていく必要性を実感しました。社員個々人の行動変容という実効性を重視しながらも、効果測定と開示の必要性も改めて認識できました」株式会社パソナ 服部 英輔
「キャリア能力開発支援の施策や制度を体系的に分かり易く、各社から解説して頂き、各支援機能や施策間の適合性や連続性の意味合いもよくわかりました。キャリア自律への意識改革プロセスと、その後の行動変容に繋げるための様々なプログラムがセットとなって、社員の多様な価値観を活かす行動が出来るような設計が、よく理解できました」