人的資本経営の実現に向けたインパクトパスの構築と人事データ活用
~日本企業の事例を通じた事業戦略/人事戦略の連動とピープルアナリティクス活用のあり方~
PwCコンサルティング合同会社 上席執行役員 パートナー People Transformation日本代表 北崎 茂 氏
このセミナーの案内を見る今回の人事実践セミナーは『人的資本経営』と『人的資本情報の開示』、そして『人事データの活用』をキーワードとした最新の動向や、人的資本経営に取り組む多くの企業が抱える課題を解決するヒントについて、PwCコンサルティング合同会社の北崎茂氏からお話いただきました。
以下は、講演の要旨です。
1. 人的資本経営・開示の概観
経営環境の変化を受け、企業価値と環境・社会価値の両立をめざす「サステナビリティ」に注目が集まり、ESGが企業価値の評価フレームになってきました。企業にとって環境・社会への配慮が「社会的責任」であり、利益追求とはトレードオフであった時代から、現在は企業活動の「必要条件」であり、長期的な企業価値の向上に向けた「投資」と考える時代へと変容しており、この流れは今後益々加速していきます。更には、国連の責任原則投資「PRI」の提唱により、ESG経営をしない企業には投資をしないというルールに変わりつつあります。
中長期的な投資・財務戦略において、投資家が着目する情報に関するアンケート調査結果では、投資家の関心対象は「人材投資」の割合が最も高く、この事からもステークホルダーに対して企業価値や将来性を示す上で、人的資本の情報開示は最も重要な取り組みであると言えます。また、人的資本経営が人材獲得に与える影響として、学生だけでなく、従業員にも、SDGsやESGに関する取り組みへの関心が高まっており、サステナビリティ活動の実施・開示状況は、企業ブランドに大きく影響し、優秀な人材の獲得や引き留め・定着に影響する重要な要因と言えるでしょう。
海外での人的資本情報の開示に対する関心の高まりを受けて、特に本年1月の岸田総理の施策方針演説以降、日本国内においても人的資本情報開示に向けた具体的な検討が本格化しています。人的資本開示の要諦は、人材の観点から経営戦略の達成に向けた資本価値の最大化をどのように行っているかを示すことです。単なる数値の開示ではなく、経営戦略を達成するための人材戦略の立案、戦略に基づく人事施策の実行、結果の情報開示という一連のサイクルにて取り組むことが必要です。つまり、開示自体が大切なのではなく、経営戦略と連動した人材マネジメントの実践が1番のポイントです。
人的資本開示における投資家からのフォーカスポイントとしては、『事業戦略との連動性』と『As-is, To-beのギャップ把握と目標達成への時間軸』です。その中でも、事業戦略と連動してどういう人材戦略を組み立てるのかといった「動的な人材ポートフォリオ」、多様性を活用し、どのようにイノベーションを起こすのかといった「知と経験の多様性の確保・活用」、ポートフォリオ実現に向けた外部・内部からの調達の投資効果を示す「人材確保・人材育成投資」、COVID-19を踏まえた上での自社としての方向性の明示が重要である「ワークスタイルの柔軟性向上」等が、キーアジェンダとなっています。
2. 本質的な人的資本経営・開示実現に向けた要諦
<人的資本経営・開示における5つの視点>
①事業戦略と人材戦略の連動
②各事業部・現場とのアライン
③人的資本KPIの確立と選び込み
④グループ/グローバルワイドでのデータ収集モデル(基盤・体制)の確立
⑤IR全体戦略との整合とストーリー性
<目指すべき姿>
①特に注力事業において、事業戦略達成に必要な人材ポートフォリオとそれに連動する人事施策の連動性が定義され、事業との連動が明示されている
②各事業部・部門との定期的なアラインにより(HRBP等の設置を含む)、事業戦略と連動した施策の実行とモニタリングが機能している
③事業戦略にもとづき、コントロールすべきHR-KPIがグローバルワイドで標準化されており、進捗・効果の検証が定期的に実施されている
④必要なKPIに対して、グローバルワイドで標準化されたデータ定義・収集プロセス・体制が整備され、効率的/タイムリーな収集がなされている
⑤IR戦略とも連動した投資家とのコミュニケーション戦略や、開示媒体の拡大(People Fact Book等)により、効果的な開示が実施されている
そして、このような姿を実現するためには、人的資本・開示におけるフレームの下記5つの要素が非常に重要です。
①ステークホルダーマネジメント(開示対応)
・投資家・労働市場等のニーズ対応から、開示手法の構築まで
②人的資本インパクトパスの明確化
・財務指標・事業戦略・人事施策との連関性の明確化
③人事施策の策定
・インパクト最大化に向けた施策の定義(採用・育成・エンゲージメント等)
④HRのKPIモデル構築
・インパクト要素に対するKPI設定と、データ収集モデルの構築
⑤ガバナンスモデルの構築
・各施策進捗に関する、事業・子会社に対するガバナンスモデルの構築
<ポイント>
①インパクトパスの明確化 ~事業単位での組み立てが重要~
②人材ポートフォリオの細分化・明確化
③KPI間の相関性に関する継続的な検証
④事業と人事の連動を実現していくためのHRBPの強化が必要不可欠
⑤既存人事システムとは分離した形でのデータプラットフォームも視野に入れる
⑥投資家との人事視点での継続的な対話 ~自社向けの声を聴く~
3.最後に
人的資本経営の潮流は、自社の人事戦略を経営・事業・投資家・労働市場との対話を通じて価値あるものに見直す最良の機会であり、この機会を逸すれば大きな損失になると考えています。一方、人事にとってのチャンスでもあります。「人的資本経営」の取り組みは、日本ではまだスタートしたばかりですが、本日の講演が皆様にとっての第一歩に繋がれば幸いです。
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根底は「人を幸せにする」ということに対して、企業がどこまで本気で取り組めるかであり、セミナー中で紹介された様々なWordはあくまでも手段であり、本質的に向き合わないと、なかなか進まない。流行の言葉だけに惑わされず、しっかりと取り組んでいく必要があると感じた。 人的資本開示の前に人的資本経営の確立が、まず必要であり、経営戦略・人材戦略から、それを実現するための人材ポートフォリオの構築・強化がメインテーマだと考えているので、開示にあたってストーリーが大事という点には、強く共感した。その点からもインパクトパスの策定は大変参考になり、ストーリーの策定と、その後の事業展開のモニタリング等に示唆を得ることができた。 私は、人事部門ではなく事業部門に在籍し、人的資本経営のうち、ウェルビーイングに関するサービス開発に取り組んでいるが、何をどのように実践すべきかについて大変参考になった。 人事から財務に至るまでのインパクトパスを作るのに苦慮していたが、今日の他社事例からヒントを貰えた。 以前、SDGsの取り組みは企業の本業とのかかわりが重要であることを耳にした。本日の講演でも、しきりに事業戦略に結び付いた人材戦略の重要性を示されており、開示する内容のみに気を取られていた自分には大きな気付きとなった。自社では人的資本経営に関して、まだまだこれからだが、本日の講演はとても参考になった。 インパクトパスなど、指標をどう落とし込んでいくかという点に対し、全く理解が不足していたため、大変刺激になった。 単なる開示対応ではなく、事業戦略との連動性にフォーカスしてお話し頂いたので、大変参考になった。インパクトパスの構築と人事データ活用のところをもう少し聴きたかった。 普段からビジネスパートナーや経営と連動した働き方を意識しているが、コンサルティングの立場で、これまで提案/啓蒙/導入して来られた視点からの本日のお話はとても興味深く、また大変勉強になった。クロージングで、今後は人事部門がより横で繋がり、変化していってほしいとのメッセージがあったが、今後のセミナーでは他社事例をぜひ伺いたい。中でも、①人的資本情報の開示方法 ②多様な働き方の選択提供と環境整備 ③人事情報基盤の整備方法が、特に気になる。 人的資本が、今まで以上に重要になることを再認識できた。今後、既に取り組んでいらっしゃる人事担当者による討論会等があれば、是非参加したい。 他の企業が、CHROを中心に、どのように経営戦略と連動した人材戦略を描いているのか、CEOや経営企画部門と、どのように打ち合わせを重ねているのかが知りたい。 -
登壇者の感想は・・・
PwCコンサルティング合同会社 北崎 茂 氏
「人的資本経営については、日本企業の中ではまだまだ考えが統一されていない部分もあり、開示が目的化していたり、企業によって見方が様々だったりと感じました。講義でもお話したとおり、ポイントは「事業戦略の実現のために、人材ポートフォリオ・組織・カルチャーをどのように再構築するか」であり、そのために人事としてのアクションを見直すための最良の機会が今そこにあると思っています。今回のセミナーが、皆様の思考をさらに深める一助になったのだとすれば幸いに思います」