ダイバーシティ推進責任者・担当者の集い
多様性をいかす組織
ー深層のダイバーシティを考えるー
早稲田大学 商学学術院 教授(国際経営論) 谷口 真美 氏
このセミナーの案内を見るVUCAの時代を迎え、働く者の価値観はますます多様化しています。昨今はESG経営、SDGs、人的資本経営、コーポレートガバナンス・コードの改訂、ISO30414等の大きな動きもあり、ダイバーシティ&インクルージョンの実践は、企業にとってより一層重要なテーマになってきました。
今回のセミナーは、ダイバーシティ推進の主役となる責任者・担当者の皆様と共に考える「これからの時代のダイバーシティ推進」に関する情報交換・意見交換、ならびに会員同志のネットワークづくりを目的に、谷口真美氏による特別講演と、テーマ別の情報交換・意見交換会の2部構成にて開催しました。
企業に対して、非財務情報の開示が求められるようになってきました。特に、グローバルでは人的資本に関する情報開示が注目されており、日本政府も指針作りを進めています。人的資本経営の実現に向けた検討会(経済産業省)メンバーでもある谷口氏は「経営層には今後、例えば中期経営計画を実現するために必要な人的資本や組織力が整っているのか、といった点を対外的に説明することが求められてくるでしょう」と語ります。その上で「今日は、外部のステークホルダーが注目するこの『ブラックボックス』に好循環を起こすにはどうしたらいいかを、皆様と議論していきたいと思います」と、セミナーをスタートさせました。
ダイバーシティに対する組織の姿勢は、5つのパラダイムで考えられます。
① 抵抗: 「違い」の存在を認めず、拒否する。
② 同化: 異質な個人が加わっても、既存の組織の仕組みを変えない。「違い」を無視し、同化させる。
③ 多様性尊重: 「違い」を尊重し、そのまま受け入れる。主な目的は雇用維持。
④ 分離: 「違い」を交わらせず、別組織を作って個別に管理することで、ビジネス成果につなげる。
⑤ 統合: 「違い」を交わらせ、いかす。組織の風土や仕組みを変え、違いの存在を創造的な問題解決に結びつけることで、環境変化に強い組織を作ろうとする。
個人が「会社はそう言っているけれど…」と思ってしまい、職場レベルで施策が実行されなければ、結果として組織力は醸成されません。仕組みや制度を人事が作り、それを個人が認識し、試しながらも問題解決につなげていく好循環が生まれることで、初めて組織の力になります。
多様性とは、集団における属性のバラツキの程度です。人はさまざまな属性を持っていますが、大きくは、年齢・性別・人種・民族・障がいの有無などの「表層」と、習慣・知識・スキル・能力などの「深層」に分けられます。多くの場合、多様性は「表層」で語られます。しかしながら本来は、個人が持っている経歴・知識・能力・スキルなどをいかすことが「多様性をいかす」ことであり、そのためには「深層」をしっかり見ることが重要です。
多様性は、「種類」「距離」「格差」の3つで捉えることもできます。
① 格差: 社会や歴史が創り出したマジョリティ/マイノリティ。影響力を持つ役職にマジョリティが多く、マイノリティとの断絶が起こる。主に「表層」に基づく。
② 距離: 価値観の差による心理的距離。各属性は1つの評価軸で優劣付けが行われがち。主に「深層」に基づく。
③ 種類: 各々が固有の違いを持つ。属性は1つの評価軸で優劣が判断されるわけではない。「表層」に基づく見方が多いが、本来「深層」に基づく。
この3つは関連しています。「この多様性は『格差』なのか『距離』なのか『種類』なのか」と認識することで、考え方が変わります。この異なる捉え方の下で、人事担当者に求められるのは、多様性によるマイナスの効果を防ぎ、プラスの効果創出へ向かう組織を作ることです。
多様性が価値創造につながるメカニズムを考える上で「ダイバーシティ&インクルージョン」を掲げる企業があります。多様性が価値創造につながるプロセスとして、インクルージョンで「それをどう受け止めるか」という、従業員一人ひとりの意識に着目することが大切です。
もちろん、深層の多様性に着目しても、お互いに理解できないままの言いたい放題では、組織効率が悪くなります。創造的な問題解決に優れているのは、個人の中に異質性を多く持ち、他者を受け入れる幅が広い人材です。こうした人材がいると、イノベーションの量と質が高まり、組織の市場価値が向上します。人事担当者に求められるのは、従業員一人ひとりの幅が拡がるような取り組みをしながら、幅のある管理職を育てることです。
経営戦略と人事戦略を連動させ、価値創造につなげるために、ダイバーシティ推進者・担当者が今、できることは以下の4点です。
① 経営トップは、その目的・ゴール・方向性を決める。
② ダイバーシティ推進担当は、目的・ゴールについて経営者と議論し、実現可能性を高める。
③ ダイバーシティ推進担当は、方向性に沿った従業員の行動を促すための仕組みを構築する。
④ 効果を振り返り、軌道修正するフィードバックループだけでなく、”フィードフォワードループ”を作る必要がある。
プログラムの後半は、ご参加の皆様に以下の4つからテーマを選択して頂き、少人数でのグループディスカッションを行いました。
【A】 経営トップ/経営幹部と連携しながら、活動を進めるためには?【B】 ダイバーシティ&インクルージョンに関する意識改革・理念浸透によって 自発的な行動を促すためには?
【C】 多様な人材・異質な人材を活用し、成果を生み出すためには?
【D】 ダイバーシティ推進部門の位置づけ・役割・活動範囲を見直し、 他部門との連携を強化するためには?
最後に行われた全体での質疑応答では、ご参加の皆様から活発に様々な質問が寄せられ、谷口教授からひとつひとつ丁寧に回答して頂きました。
◎研究会を終えて
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フォーラムの内容は参考になりましたか
(参加者アンケート結果から) -
参加者の意見・感想は・・・
論文を拝見していた谷口先生の講演を聴くことができ、嬉しかった。経営戦略と人事戦略の連動については身近に感じているところであり、ダイバーシティ・マネジメントがまさに変革期にあるということを改めて認識した。講話の中にあった「深層ダイバーシティの可視化」についてもう少し話を聴きたかった。また、他企業の皆さんとの情報交換の場に初めて参加したが、とても有意義だった これまで深層的ダイバーシティの概念を理解しているつもりでいたが、全く理解が足りていなかったことに気付かされた。種類・距離・格差の三側面から捉えるという話は、目から鱗だった。ダイバーシティは世間的に重要と言われているものの、何をゴールとするのか、目標設定が難しいと思う。どうしたら納得感の高い成果が挙げられるのかがわからないという企業担当者がほとんどなのではないかと思う。他社で行われている施策を単に模倣するのではなく、谷口先生の著書を勉強して、もっとロジカルにダイバーシティに取り組んでみたい ダイバーシティの分野について学術的に掘り下げた内容であり、大変参考となった 学術的で内容が濃い講義だったので、付いていけない箇所もあったが、DEIの深いところを学ぶことができ、たいへん勉強になった 今後の取り組みの指針になった かなり駆け足の講義だったため、谷口先生のお話をもう少しゆっくり伺いたかった。私自身がダイバーシティ推進は、まだまだ初心者なので、そもそもの概念や考え方の部分が非常に参考になった 谷口先生のお話を、具体的な進め方のレベルまで更に深めてお伺いできたら、より自社内での反映に繋げられたかと思う 大変勉強になった。特に講演はとても勉強になったので、もう少し時間を掛けてお聴きしたかった D&Iを進めていく中でのヒントを多く得られたので、今後、深層へのアプローチをしていきたい 「多様性の人材開発」に現在取り組んでいるが、インクリュージョンの概念を学ぶことができ、大変参考になった 講師からの理論、並びに参加者同士のグループワークによって、理解を深められた。貴重な機会だったので、もう少しいずれかについてじっくりお話を聞きたかった 講師の質が良く、大変参考になった 谷口先生の講義を聞いた後、アウトプットの場として、他社の参加者の方と意見交流できたのは良かった。同じテーマや内容でも、それぞれの会社の状況も違うため、参加者同士でも受け止め方(価値観)が違うことも実感した。また、経営層へのアプローチと平行して「多様性のある職場へ変化させるためには、一般社員の当事者意識の醸成がカギになり、マイノリティの置かれている立場を想像する機会が必要ではないか」とも感じた 講演とグループディスカッションの二部制はとても良かった。グループディスカッションでは他社の取り組みなどを知ることができたので、他社との連携は今後も積極的に作っていきたい 他社の方と情報交換をできる貴重な時間だった。時間は短かったが、各社の抱えている悩みを共有し、気付きを得られた 他社と意見交換できたことが刺激になり、良かった。また、講義を受けた上で感想を共有することで、D&I浸透の難しさを再確認した 今年度よりダイバーシティ推進プロジェクト担当を引き継ぎ、「ダイバーシティとは何か?」の基本から勉強しているところなので、今後も積極的にセミナーへ参加させて頂きたい D&I推進に関連する学びの場、情報提供・共有の機会を今後も継続して頂きたい。各社の推進状況によってステージが異なるため、グループディスカッションのレベル感を合わせることは難しいと思うが、フラットに意見交換するのも良い機会だと思った -
登壇者の感想は・・・
早稲田大学 谷口 真美 氏
「ゴールデンウィーク直前の業務多忙期にもかかわらず、多くの方々にご参加頂き、ありがとうございました。オンラインですと、なかなかこちらから皆様の反応を拝見することができず、一方向になりがちですが、今回はクイックアンケートやグループ討議にて、皆さんの取り組みの現状の一端や課題を伺うことができました。
今回は、時間の制約もあり、駆け足での説明と議論になってしまい、解決策に繋げたいという皆さんのご意向にすべて応えることができなかったかもしれません。しかしながら、皆さんの課題意識と解決に向けた強い意思に「火をつけた」バーニングクエスチョンを提供する機会になったかと考えております。
今回のテーマに関して、具体的事例や実践例を知りたいというご感想を頂きましたが、詳しくは、経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会」の事例集(2022年5月13日公開済 下記※参照)をご覧頂ければ幸いです。ただ「施策のチェックリスト化」ではなく、「なぜこの施策が、わが社に必要なのか」を、皆さんそれぞれ特有の経験に基づき、施策展開を進めて頂きたいと思います。
人材戦略と経営戦略の連動によって多様性をいかす取り組みについて、今後も発信してまいります。そして、皆さんと今後も議論させて頂きながら、日本の企業に多様性をいかすポジティブなムーブメントを作るべく、課題解決に取り組んでいきたいと思います。またどこかでお会いできるのを楽しみにしております」
※経済産業省のホームページ
1.人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版 伊藤レポート2.0)
2.実践事例集
3.人的資本経営に関する調査 集計結果